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多くの笑顔をつくりだすために 後藤太志

2023.03.22

広島県尾道市から愛媛県今治市を結ぶ全長約60kmの〈瀬戸内しまなみ海道〉は、美しい島々を7つの橋でつないでいる。その〈瀬戸内しまなみ海道〉を尾道から数えて3つめに浮かぶのが生口島。温暖な気候を活かして柑橘類の栽培がさかんで、特に冬場はレモンの黄色で島が埋め尽くされる。この時期を狙って、生口島の西側に位置する瀬戸田地区と隣島の高根島を結んで今年初めて開催されたのが〈せとだレモンマラソン〉だ。ハーフマラソン(21km)と10kmのコースが設定され、瀬戸内の静かな海に浮かんだ島々を眺めながら走ることができる。

この大会で特筆すべきは〈湘南国際マラソン〉に次ぐマイボトルマラソンとして開催されたこと。給水ポイントでの紙コップを廃し、ランナーは500mlのマイボトルを持って出走、各ポイントに設置されたウォータージャグを使って自ら給水する。こうすることで、従来のマラソン大会で当たり前にあった大量のゴミを削減し、ボランティアスタッフの数も大幅に減らすことができるのは、Sports First Magのこちらの記事でも詳しくお伝えした通りだ。そして今回、〈湘南国際マラソン〉のマイボトルマラソン化に尽力した〈The North Face〉事業部の後藤太志さんが、この〈せとだレモンマラソン〉を走った。

マイボトルランの輪が広がっている

〈湘南国際マラソン〉では初のマイボトルランということで、会場全体を見渡し、緊張感を持って臨んだ後藤さんだが、今回の〈せとだレモンマラソン〉は視察を兼ねてランナー目線で参加することができた。まずは実際に自分がマイボトルランに参加した率直な感想を聞いてみる。

「走ってみて純粋に楽しかったです。久しぶりに速さを競うだけじゃない、コンセプトのしっかりした大会に参加した。コンセプトがあるというのはつまり、湘南のように環境に配慮するとか、この瀬戸田のように環境と町おこしを両立するという目的がある大会ということです。ただ、コンセプトに対する共感もあるんですけど、何よりも周りの人たちがすごく楽しそうだった。おじいちゃん、おばあちゃん、子どもから大人まで、沿道で応援してくれて、みんな楽しそうにしているのが、すごく伝わってきて、それで自分も楽しくなりました。それがなんかいいなあって。サステナブルや環境配慮はもちろん大事だけど、もっと大切なことは多くの笑顔があふれること。多くの人の笑顔をつくるためにやっている。これだなあって感じながら走ってましたね」

この笑顔あふれるマラソン大会開催への歩みは、実は〈湘南国際マラソン〉開催前から始まっていた。瀬戸田でホテルやレストランを運営し地域開発や町おこしを担っている〈しおまち企画〉や、この地にロースターを構える〈OVERVIEW COFFEE〉をはじめとした大会運営メンバーが、生口島でのマラソン大会開催を模索する中で〈湘南国際マラソン〉のマイボトルランに共感し、大会を準備していた後藤さんのもとを訪ねてきたのだ。

「〈湘南国際マラソン〉をどうやって作っているのかもっと深く知りたいというメッセージをもらったんです。それで〈湘南国際マラソン〉の事務局の方も繋いであげて、レースの内容を詰めていきました。そうしているうちにやりたいことが一致して〈The North Face〉としてもサポートすることになったんです」

左 〈OVERVIEW COFFEE〉の矢崎さん このような大会を開催したいと初めに後藤さんを訪ねた
右 〈しおまち企画〉の小林さん 瀬戸田を盛り上げるべく大会企画運営をリードした

〈湘南国際マラソン〉用に開発したウォータージャグを貸与したり、考えられる懸念点などを共有し、〈湘南国際マラソン〉で培ったノウハウを伝えることで、短期間で第二のマイボトルマラソンが実現することになった。さらに〈湘南国際マラソン〉がマイボトルランとして生まれ変わったことで〈せとだレモンマラソン〉だけでなく、これまでのマラソン大会運営に疑問を感じていた多くの人々からも声がかかっているという。

「瀬戸田もそうですけど〈網走オホーツクマラソン〉からも“ボトルとカップを作ってくれないか”と連絡を頂いたり、北九州でも僕らと直接関連はないんですけど、自然発生的にマイボトルマラソンを謳う大会が生まれているみたいです。〈湘南国際マラソン〉を通じていろんな人が集まって、つながりが増えていく。大会を開催するまではリスクだったりネガティブな反応があるんじゃないかと恐れていた部分もあったんですけど、こんなふうに繋がりが広がっていくなんて想像出来なかったですね。

今日も一緒にゴールした人が、湘南国際マラソンのTシャツを着ていたんです。“東京から来たんですか?”と聞いたら“はい、そうです”って。〈湘南国際マラソン〉に参加して、そのブースでこの〈せとだレモンマラソン〉のことを知って、良いなと思って来たんだそうです。そういう、つながりも広がっていった」

ボランティアも負荷の少ない持続的な大会へ

〈湘南国際マラソン〉では、マイボトルマラソンとしたことでゴミの削減だけでなく、ボランティアの人数も70%も減らすことができたという。ボランティアの数が確保できず開催を諦める大会も発生しているなかで、大会の持続可能性という意味でもマイボトルマラソンの意義はある。

「〈湘南国際マラソン〉は、今まで1,200人もの給水ボランティアに支えられて運営されていましたが、今回マイボトルマラソンをすることで7割もの給水ボランティア人数を減らすことができ、ボランティアの負担も大きく軽減できた。このコロナ渦や高齢化で人が集まらない中で、大会をやめてしまうケースもある。人にも負荷をかけないっていうのは、環境以上に大事だなと感じています。ボランティアの方とか地域の方が、楽しそうにしている姿というのが一番大事だと思うんです。やっぱりマラソンやトレイルランニングの大会は、体育館ひとつ借りれば良いというものではなく、人の土地を使わせてもらっている。その人たちに迷惑かけていてはだめなんです。それは持続可能じゃない」

生口島は人口約8,700人の小さな島だ。ここで短い準備期間で、これほど満足度の高い大会が開催できたのは、間違いなくマイボトルマラソンの仕組みによって、運営負荷を大きく下げることができたからに違いない。マイボトルマラソンは、環境負荷の低減だけでなく、地域の活性化のための扱いやすいツールとしても機能することを証明したといえるだろう。

利他の心と笑顔

〈湘南国際マラソン〉、〈せとだレモンマラソン〉とふたつの大会に関わって、後藤さんの中ではある思いが芽生えている。それは“利他”の精神を大事にしようということだ。

「コロナ渦になって、”利他”の考え方がすごくあらわになってきたなって思うんです。協力し合っていかないと何も進められないし、進まない。利他的な考え方というのは、自分に余裕だったり余白がないと、なかなかそこに至れないという部分はあるじゃないですか。だから環境に配慮することも大事だけど、それ以前に人に配慮しないと、人への負荷を削減し、余裕が生まれないと、自然だったり、いま自分が生きてる上で大事な何かに目を向けることができない。人を大切にするこの〈せとだレモンマラソン〉は、町おこしにフォーカスした。〈湘南国際マラソン〉は地球環境にフォーカスする。違うようで似ていると思うんです。

湘南の時は仕組みを作ることに一生懸命で、あまり人の笑顔を気にして見れなかったけれど、設計的には結果を残せた。この大会を走って、みんなが笑顔になってるの見て、次は人の笑顔を意識してやりたいなって思えました」

(写真 辻啓/ 文 松田正臣)

  1. 後藤太志(ごとう・たいし)
    高校、大学時代は自転車競技に打ち込みインターハイ、インカレ等にも出場。ゴールドウイン入社後は管理本部財務部を経て〈The North Face〉事業部に移り商品企画を担当、パフォーマンス事業を率いる。アウトドアスポーツを幅広く楽しみ、夏は子供とのトレッキングから100マイル等のトレイルランニング、冬はスキーをはじめたとしたウインタースポーツに勤しんでいる。

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