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フルマラソン2時間50分の壁に挑む 森山俊介

2023.01.16

陸上競技未経験の30代後半にふとしたきっかけで走り始め、フルマラソンサブスリー(3時間切り)を達成するほど、ランニングにアディクトしている森山俊介さん。

この秋冬シーズンは、さらなる目標である2時間50分切りに挑んでいる。

そんな森山さんが2022年の年の瀬にクルマを走らせた先がある。茨城県の奥地にひっそりと佇む、とある自動車テストセンターだ。

2022年最後のフルマラソンで自己ベストに挑む

自動車テストセンターに足を伸ばしたとはいえ、目的はもちろん、クルマのテストドライブをするためではない。クローズドな舗装路のコースを利用した、フルマラソンの大会が行われるのだ。

「世界一自己ベスト更新率の高いレースを作る」を掲げ、年末の風物詩になりつつあるこのイベントは、サブ3:15、サブスリー、サブ2:55、サブ2:50、サブ2:45…などど、目標タイムごとに小刻みなウェーブスタートを採用しているのが特徴。陸連公認レースではないため公認記録としては機能しないものの、同じタイムを目指す少人数のパックで切磋琢磨することができ、おまけに各集団は設定タイムを刻む複数人のペーサーが先導してくれる。

五輪金メダリストのエリウド・キプチョゲ選手が、人類初のフルマラソン2時間切りに挑んだのも、モータースポーツのサーキットを転用した専用コースだった。

そのためこの大会にもシリアスなランナーから情報感度の高いランナーが“脚試し”として集う傾向があり、ランニング好きが集うフェスティバル、はたまた納会のような活況を呈している。

もっとも、スッキリ気持ちよく「年納め」をするためには、終盤まで目標タイムのペーサーに喰らいつかなければならないのだけれど。

周回コースならではの妙

天気を確かめるため空を見上げると、そこは雲一つない快晴が広がっていた。1周5㎞強のシンプルな周回サーキットは、周囲に遮るものが少ない。風のいたずらが心配されていたけれど、幸いにもほとんど体感できないレベル。絶好のコンディションだ。

このコースをまずは時計回りに逆走し、2㎞強ほどで折り返すと、再びスタート/ゴール地点に。そのまま反時計回りに7周すると42.195㎞になる。ある程度以上の規模ではあまり例のない周回コースの特徴が、いったいどのように作用するのだろう。

「今シーズン目指しているのは、2月頭の〈別府大分マラソン〉で自己ベストを出し、2時間50分切りを達成すること。今日は公認記録にはならないものの、できれば2時間50分以内で走って、自信を深めたい。そのための準備はしてきたつもりです」。

スタートにかなりの余裕を持って到着した森山さん。ここまで順調なトレーニングを詰めているからか、表情は明るい。

並ぶウェーブは当然、2:50切りを目指すグループだ。目標タイムの早いグループから順にゲートを飛び出し、森山さんらは2:45切りグループがスタートした1分後に走り始める。

2:50切りグループは2つのウェーブに分かれている。元実業団選手やランニングインフルエンサーらの頼れるペーサーに導かれ、1周、2周と、順調にラップを刻んでいく。2:50切りを達成するためのイーブンペースは、1㎞あたり4分。5㎞強の周回コースなので、およそ20分おきに、ゲートが設けられたホームストレートの前を小パックが通過していく。その前後には、目標タイムの近い集団が連なるので、声援を送る側も退屈することが少ない。

「このコースの面白いところは、やっぱり応援のギャラリーがいるホームストレート。私たちチームメンバーのために駆けつけてくれたコーチもいてくれ、周回ごとの一言二言のやり取りが、その都度大きな活力になって」。

中間地点に差し掛かる3周回終了の手前あたりから、徐々に集団がバラけはじめるものの、森山さんのペースは順調のようだ。

自分も仲間にとって勇気を与えられる背中でありたい

異変が起こったのは5周回目だった。

目標タイム別に走行ペースを同じとする小パックの集団で走れる反面、給水ポイントでの給水に人数が集中してしまうのが難しい側面だった。このときにペースが乱れるため、集団半ばに位置していた森山さんもパックから離れてしまい、復帰するまでに数十秒間のペースアップを余儀なくされるのだ。

この無理が脚力と、それ以上にメンタルをもジワリと削っていく。残り約10㎞となる5周回目から、ペーサーとは間隔が空いてしまい、一人旅が始まった。ペーサーは2:50切りのイーブンペースなので、残念ながらこの時点で2:50切りの可能性はほとんどゼロとなった。いつのまにか寒風が吹きすさぶようになり、ランナーたちの体力を容赦なく奪っていく。

「30㎞地点を過ぎたあたりから、集団と離れ始めてしまいました。振り返ると、30~40㎞区間のラップが44分台と、タフな展開になって。辞めようかなという葛藤が何度も頭をよぎりました」。

周回コースだけに、辞めたらすぐそこでイスへと腰かけ、暖かい上着を羽織ることができる。苦しみから解き放たれ、ドリンクを胃に流し込んで一息つける。いざ当事者になってみると、その誘惑は悪魔的なまでに魅惑の選択肢だ。

「でも、ホームストレートの応援が気分転換になりました。『とりあえずあと一周頑張ってみよう』、そしてその一周をしのげたら『残り一周だから、なんとかやり切ろう』と、どうにかゴールすることができました。ハーフの通過地点ではまだまだ余裕がありましたし、30㎞も自己ベストの通過タイムだったので、あとはこれを維持する能力があれば」。

別のウェーブで走っているチームメンバーとスライドする際には、お互いツラい状況下にあっても、エールを交わして鼓舞し合っていた。仲間の背中は勇気を与えてくれる。そして、自分も相手にとってそんな姿でありたいと、自身を律することにも繋がる。

「だから、苦しくてもなるべく自分から声かけするよう心がけていました。もちろん相手からも声が返ってくるので、結果的に孤独を吹き飛ばしてくれ、火がつくんですよね。」

ゲートをくぐり、時計へと目をやると、タイムは2時間55分台を告げていた。今シーズンのベストタイムであり、自身にとってもセカンドベストのタイムだった。

心の余白を準備したい

今回の出来を問うてみると、70点だとの答えが返ってきた。

「しっかりと準備を重ね、十分なフィジカルコンディションでスタートラインに立てたので、まずはひとつの達成でした。でも結果が最上とはならなかったのは、課題であるメンタルの部分が大きいかなと思っています。

ツラくなってきた時間帯の心のコントロールが未熟で、『ツラく感じても頭ではツラいと思わないスキル』『何のために今のタフな時間を乗り越えないといけないのか』『もっとキツい練習をこなしてきたよな』。そういったことを思い出す、心の余白が必要ですね」。

最終調整局面の距離走では、疲労を考慮して本番より遅いペースで35㎞走を行った。確かに疲労は残らなかったものの、結果的に心のどこかに不安を持ったままスタートを迎えてしまったという。

「本番以上のペースで30㎞走をこなして、自信に変える方が自分には合っていたのかな。課題はメンタル面なので、ポジティブに言えば、それが分かったことは大きな収穫でした」。

サブスリーまで来ると、そこから次の数分を削り出す、1㎞あたり5~10秒のペースアップはそうカンタンではない。

「2時間50分切りの壁は本当に高くて、今回はそれを心底実感しました。当日に向けたフィジカル、メンタル両方のマネージメントが必要で、自分の場合は2時間45分切りを目指したトレーニングメニューをこなしてようやく2時間50分切りに到達できるのかもしれません」。

「一歩前へ」そして「もう一歩前へ」

コーチからの言葉で、いつも頭の中にあるフレーズがあると言う。「一歩前へ」。

「シンプルだけど、すごく難しいんです。ツラいのに一歩前に出なきゃいけない。この一歩を無理して頑張って、後に響いてしまわないかという恐怖もある。でも今回は、普段と比べて行動に移せたと思っています。集団から離れかけたとき、勇気を持って一歩前に行けた。だから30㎞まではいい感じで押せました。次は『もう一歩前へ』ですね!」。

改めてマラソンは難しいなと感じているそう。周りの仲間を見渡しても、努力をしていたとしても安易には目標を達成させてくれず、試練ばかりを与えてくるからだ。でも個人スポーツで、タイムという結果が明確に出るという点が、フェアだ。

「向き合って、乗り越えて、また一つ強くなる。それを繰り返してやっと結果が出るのかなと感じます。これにチャレンジ出来ることのワクワク感はたまらないし、高い壁を越えたときの自分を想像しただけでも心が躍ります。チャレンジし続けるプロセスの中で、失敗という寄り道を重ねながら、道筋をつけていく。その過程で、自然と日々の日常が豊かになっているんです。やめられないですよね」。

今シーズン、2時間50分切りのチャンスはあと一回。2月の頭に陸連公認コースで行われる〈別府大分マラソン〉だ。

(写真 古谷 勝/ 文 礒村真介)

  1. 森山俊介(もりやま・しゅんすけ)
    1982年生まれ。大学までバスケットボール部に所属。2014年ゴールドウイン入社。現在は販売本部販売一部のエリア長を務め、新規オープンした〈The North Face Sphere〉などランニングの専門色の強い店舗のマネージメントにも関わっている。マラソン歴4年で、ベストタイムは2022年4月の〈かすみがうらマラソン〉で記録した2時間53分。

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