
ビギナーからプロレベルのクライマーまでが参加できる、国内最大規模のボルダリング大会、「THE NORTH FACE CUP」は今年、15周年という節目の年を迎えた。3月に行われたファイナルラウンドには世界が認めるトップクライマー、アダム・オンドラと2015年ワールドカップ年間王者のチョン・ジョンウォンが招待選手として登場。二人の登場にヒートアップした日本の若手クライマーも奮闘し、アニバサリーイヤーにふさわしいハイレベルなセッションが繰り広げられた。
この大会をプロデュースするのがご存知、プロ・フリークライマーの平山ユージさん。そして2006年からこの大会のプロモーションを担当するのがTHE NORTH FACE 三浦務さんだ。クライミングの発展に寄与してきた二人が「THE NORTH FACE CUP」15年間の軌跡と日本のクライミング界への思いを語り尽くす。
クライミングの裾野を広げるために
三浦 「THE NORTH FACE CUP」も早いものでもう15年目。感慨深いですね。
平山 前身である大会は、ボルダリングのワールドカップが行われるようになるよりも前に、30〜40人規模で始めたものなんです。回数を重ねていくうちに「これは未来があるぞ」って手応えを感じるようになって、THE NORTH FACEにサポートしてもらうことになりました。第一回目の「THE NORTH FACE CUP」には100人ほどの選手が集まったんですが、当時、100人のクライマーが一堂に会するってすごいことだったんですよ。それが今年は1600人集まりましたからね。
三浦 16倍って壮観ですよね。始めたころからこのくらいの規模になるのは想定していたんですか?
平山 当時はもう、ボルダリングがテレビで生中継されて観客もお茶の間も熱狂させる、くらいのビッグムーブメントを頭に描いていましたから。イメージはいまのテニスくらい(笑)。規模ももちろんですが、今年はやっぱり海外のスター選手の優勝を無名のクライマーが阻止したという点で異議深かったかな。

三浦 そういう大きな可能性を秘めた若手を発掘してサポートしたり、活躍の場を広げたりというのは、THE NORTH FACEが長年やってきていることですからね。
平山 日本のクライマーの層は厚いんだけれど、このままだとあっという間に海外の選手に追いつかれると思うんですよ。僕たちがこれから考えなきゃいけないのは、日本全体のクライミングシーンにどういうピラミッドを作っていくのかっていうことです。
三浦 そうですね。僕たち、THE NORTH FACEが狙うのはまさにそこ。ピラミッドを高くするだけでなく、ボトムを広げる。一部のトップアスリートに貢献するだけでなく、一般のクライマーに向けてどういう取り組みができるのか、それを常に考えていますね。ビギナーからトップクライマーまでが同じ会場に集ってパフォーマンスをし、熱狂できるコンペって「THE NORTH FACE CUP」しかないんですよね。キッズや始めて間もないクライマーにこそ、あの盛り上がりを体感してもらいたいんですよ。
平山 いまあるピラミッッドをさらに大きくするためには、しっかりしたリーダーとそれをつなげるコーチを育成しなくては。これからクライミングを始めるという子どもたちをきちんと吸い上げてあげるシステムが必要だって痛感します。そのシステムができた時、ピラミッドの中から優秀なクライマーが生まれて、日本発信で世界を引っ張っていけるようになるんじゃないかな。

会場の一体感こそ、「THE NORTH FACE CUP」の醍醐味
三浦 「THE NORTH FACE CUP」の面白さと言ったら、やっぱりあの盛り上がりですよね。僕は2004年に初めて「THE NORTH FACE CUP」を観戦したんですが、ライトアップされるわDJが入るわ、こんなに盛り上がるコンペがあるんだって深く感銘を受けたんですよ。何百人という観客がたった一人のパフォーマンスに釘付けになっているんだから、クライマーとしてもやる気になるはず。
平山 「THE NORTH FACE CUP」を始めた時、コンペをもっと魅力的に見せるにはどうすればいいだろうって考えたんです。多くのボルダーのコンペは4〜5人のクライマーを一斉に登らせるという方式を取っていますが、それだと会場の一体感がない。もちろんフェアであることとかIFSC(国際スポーツクライミング連盟)のルールは重要ですが、僕としてはそれをシビアに遵守するより、いかに魅力的に見せるかということを大事にしています。クライミングに興味がない人にも「あれ、何?」って注目してもらえるように。
三浦 「THE NORTH FACE CUP」で採用しているディビジョンというクラス分け、あれはどういう経緯で生まれたものですか?
平山 最初は参加クライマーも30〜40人程度でしたから、オープンとミドルという2つのクラスのみで行っていたんです。回を重ねるにつれ、自然とみんなのレベルが上がってきて、かつ新しい選手も入ってくる。つまりピラミッドが大きくなるんですね。するとオープンとミドル以外の受け皿が必要になってくる。そこで新たにビギナーとキッズ、そしてマスターというクラスを設けたんですが、いつの間にかビギナーが初段くらいのレベルになっていて(笑)。それで、よりきめ細かに対応できるディビジョン制を4年前に導入しました。
三浦 自分より上のディビジョンの戦いを見られたらモチベーションになりますし、自分の目標も明確になりますね。
平山 上手い人と一緒に登る機会に恵まれたらその分だけ、上手くなります。特に若いクライマーにはそうしたインパクトが大きな発奮材料になる。さらに各ディビジョンの優勝に付加価値を持たせています。そうやって上のクラスに登っていく道筋を見せてあげることが大事だと思いますね。
“ピラミッド”をシーンとして根づかせる
三浦 THE NORTH FACEとしては、アウトドアスポーツというものは人生を豊かにしてくれるものと考えています。そうしたブランドに携わる僕たちの使命は、たくさんの人にアウトドアスポーツに触れる機会を提供すること。地道に裾野を広げることが、シーンを形成することにつながると信じています。
平山 昔はハイキングや登山からクライミングに流れていましたが、いまはジムから入るのが主流。つまりジムはインドアスポーツでありつつ、アウトドアアクティビティへの入り口なんです。アウトドアブランドにはぜひ、そういう視点を持っていてほしいですね。

三浦 そうですよね。THE NORTH FACEで力を入れているトレイルランニングも、少し前まではロードとトレイルで商品群をカテゴリー分けしていたんですよ。ユーザーにはその方がわかりやすかったから。でもいまは、ユーザーからしてもその垣根がほとんどない。東京マラソン完走からUTMFを狙うランナーがいるように、ジムから岩場を目指すのも自然の流れ。むしろそういう多様性がスポーツを発展させるんじゃないかな。
平山 ジムから入るとどうしても競技思考になりがちだけれど、コンペに勝つだけがクライミングじゃない。僕としてはコンペとは別の楽しみ方、取り組み方があるんだよって、若いクライマーをうまく外の世界に誘導していろいろな選択肢を見せてあげたい。その方がクライミングを長く楽しんでもらえるから。
三浦 僕たちも、例えば岩場を擁する地方自治体と組んで地域スポーツとしてクライミングを普及させるとか、幅広い視野を持ってアウトドアスポーツを広めていきたいと思っています。
- 平山ユージ(ひらやま ゆうじ)
1969年生まれ
「世界一美しいと称される」クライミングスタイルを誇る、プロ・フリークライマー。15歳でクライミングを始め、日本の難ルートを次々に制覇。アメリカでのトレーニングを経て19歳からはヨーロッパを拠点に活動する。
1998年、日本人初のワールドカップ総合優勝、2000年には世界ランク1位に輝く。岩場では1997年ヨセミテのサラテウォールを、2003年には同・エルニーニョを、ともにオンサイトで完登。2010年に長年の夢であったクライミングジム「Climb Park Base Camp」を設立。
- 三浦務(みうら つとむ)
1962年生まれ
学生時代はラガーマンとして活躍。その後、アウトドアスポーツにのめり込み、ウインドサーフィン、ヨット、シーカヤック、トレッキング、クライミングと、休日のほとんどを屋外で過ごす。シーカヤックで宮古島〜石垣島横断や、フィリピンで300kmを漕いだことも。
外資のアウトドアリテーラーを経て2001年にゴールドウインに入社。2007年に鏑木剛選手と出かけたUTMBに感銘を受け、UTMFの立ち上げに奔走した。2006年から「THE NORTH FACE CUP」のプロモーションを担当する、アウトドアビジネス歴20年以上という生え抜きのプロモーター。
(写真 八木伸司 / 文 倉石綾子 / 「The North Face Cup 2016」大会写真提供 ONE bouldering)