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「スポーツ」をキーワードに共鳴し
企業の枠を超え、サステナブルな未来に取り組もう<後編>
ザ・ノース・フェイス事業部西野美加さん×ソニー株式会社 鶴田健志さん

2024.02.05

前編に引き続き、ソニー株式会社ステナビリティ推進部門の部門長でサブ3ランナーの鶴田健志さんと、ザ・ノース・フェイス事業部の西野美加さんの対談をお届けします。メーカーとしてクオリティと環境配慮の両立という難しい課題に取り組みながら、いかに“責任あるものづくり”を追求するのか。持続可能な社会の実現に、どのような貢献をしていくのか。それぞれの立場からお話いただきます。

ソニーとゴールドウイン、それぞれが手掛ける再生素材

――後編でも引き続き、ソニー株式会社とゴールドウインの、サステナブルな未来への思いやそれを実現するためのユニークな取り組みについて伺いたいと思います。

鶴田
具体的な取り組みで言うと、「クオリティとサステナビリティの両立」という課題を解決するために、グループ内で開発した再生プラスチック素材、「SORPLAS™(ソープラス)」があります。これは市場回収したウォーターサーバーボトルや工場・市場から排出された廃ディスクなどを原料に作られているもので、特長のひとつはリサイクル材の使用率が高いところ。一般的な再生材は品質を保つためにある程度の割合でバージンプラスチックも配合していますが、「SORPLAS™」は再生材だけを主原料にしてもクオリティを保つことができます。(※再生材使用率は最大99%)

「再生材を使いこなすのにはある程度の経験が必要」と言いましたが、この素材を製品に展開するのにもものすごく時間がかかりました。多量のプラスチックを使う製品の代表例がテレビの背面カバーですが、これに再生材を導入しようとすると思い描いたデザインに成形をすることができませんでした。耐久性と美しい見た目、そして環境性能を備えた製品を開発するのに3年を要しました。ソニーは2000年ごろには生分解性プラスチックを使ったウォークマンを出すなど、すでに環境をテーマにした研究開発をしっかりやっていましたから、その年月が現在の結果につながっているのかなと思います。

――「ブラビア®︎」では、消費電力のアプローチからも環境負荷低減を実現したと伺っています。

鶴田
テレビが製造されて破棄されるまでの生涯で使用する電力量を温室効果ガスの排出量に換算すると、テレビの製造よりも使用に伴う電力量のほうが多く、結果として温室効果ガスの排出も多くなるんですね。つまり、テレビ使用時の消費電力量を抑える必要があるのです。ではテレビのどこに電力が消費されているかというと、輝度や画像処理です。つまり商品価値を上げることと消費電力を下げることが相反することから、このどちらをもかなえることが大変難しかったのです。最近は、映像によって画質コントロールを行ったり、人が見ている方向を感知して、それ以外の方向の輝度を落としたりして消費電力を抑えるようになっています。消費電力についてはかなり前から取り組みがスタートしていましたが、ここ数年でテレビの大型化等による消費電力増加を上回る省エネ技術の向上が実現できていきました。

――一方、ゴールドウインの環境負荷低減素材の代表的な取り組みには「Brewed Protein™繊維」があります。この素材について教えてください。

西野
スパイバー株式会社(以下、スパイバー)が開発する人工タンパク質繊維「Brewed Protein™」は、スポーツアパレル向けにはゴールドウインが共に研究開発から取り組みを進化させてきました。植物由来の糖類を原料としており、石油などの化石資源に依存しません。しかし、素材が完成したからといってすぐに製品に落とし込めるわけではありません。アウトドア・アクティビティに使われるアパレルには、撥水性能や耐久性といった機能性が高い次元で求められます。開発ベースではこうした機能面の担保が課題でした。

――いよいよ量産化が始まりましたが、これについてどんな感想を抱いていますか?

2015年に「Brewed Protein™繊維」の前身であるクモの糸を模範したタンパク質を使ったプロトタイプの発表会が行われました。この、クモの糸を模したタンパク質は水に濡れると縮んでしまう特徴があり、そのままではアパレル用素材として使いこなすのは難しいことから、開発の方向性を見直し現在に至ります。当時、発表会の内容を関係者席で聞いていただけでしたが、まさかこの素材の量産化が2023年までかかるとも、また、自分がその開発プロジェクトに携わるとも想像していなかったので、今回の製品化には感懐を感じています。「Brewed Protein™繊維」を使った商品開発のプロジェクトには1年ほど携わっていますが、生地開発、生産管理、デザイナー、販売部、マーケティングなど立場の異なるスタッフが集まり、ブランドを横断したものづくりに取り組んでいます。私も参加することで、環境に対する理解を深められたように感じています。

――こうした再生素材を採用した製品のアピールにおいて、意識していることはありますか?

鶴田
「押し付けがましくない」ことでしょうか。ソニーは長年、品質やデザインといったモノづくりを通じてソニーらしい製品を世に送りだしてきました。環境への配慮もそうしたものづくりのアイデンティティの一つであり、専門家にも評価いただけるまでに育ってきています。この先は、お客さまにも「ソニーらしさ」として共感いただけるよう、コミュニケーションを強化していきたいと考えています。

西野
ザ・ノース・フェイスの場合も、サステナブルな素材を使用しているからというより、機能やデザインで選んでいただいているように感じます。以前、「環境に配慮した素材です!」ってアピールして販売した製品があったのですが思ったよりも反応が薄く、「環境配慮」以外の製品の強みは必要だと感じました。やはり、ブランドのオリジンである「らしさ」があったうえでの環境配慮でないと響かない。「かっこいい」という理由で選んだものが、実は環境にも配慮された素材やデザインだった――という姿が、理想だなと思っています。

メーカーが担う、“ものづくりの責任”

――機能やデザインと環境性能の両立というというお話が出ましたが、メーカーとして理想的な“責任あるものづくり”とはどのようなものだと思いますか?

鶴田
サプライチェーンが長いことから、サプライチェーン全体で環境負荷低減や人権配慮に向かってものづくりを行い、消費者に製品をお届けすることがメーカーの責任だと思っています。加えて、これが大前提にありつつ、消費者のさまざまなニーズに応えるものを作っていく、ということでしょうか。アクセシビリティの話をしましたが、ソニーではインクルーシブデザインという概念があります。これまでは社内で商品の企画を行ってきましたが、リアルなユーザーの意見をとりいれようということで、障がいのある方や幅広い年代の方からの意見をデザインに反映して製品化しています。

西野
そうですね。それに加えて、消費者にワクワクする気持ちをお届けすることを忘れてはならないとも思っています。ザ・ノース・フェイスは「NEVER STOP EXPLORING」というタグラインを掲げていますが、そこに「ワクワク」を期待されているファンの方も多いのではないでしょうか。ザ・ノース・フェイスらしい“冒険”を通じて既存のお客さまの期待に応えつつ、マタニティやキッズという新しい提案でターゲットの裾野を広げていければと考えています。既存のお客さまにも新しいお客さまにも「ワクワク」する気持ちを伝えていく、これもブランドの責任ですよね。

鶴田
大いに共感しますね。ソニーのパーパスも「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というものなので。テクノロジーを使って人の心を動かすことが、僕たちエンジニアのモチベーションなんですよ。今後は、こうしたテクノロジーを活用してサーキュラーエコノミーを実現していきたいと思って、社内で議論を重ねているところです。ソニー全体が変わっていくには時間がかかりますし、ソニーグループだけで実現できることでもありません。新たな資源の採掘よりも資源の循環へ、世の中全体で舵を切っていくことが必要ですが、そこに「私たちがリードしていく」くらいの気持ちをもって取り組みたいですね。

西野
製品を循環させることを考えると、生産に直接関わりのない副資材の循環はとりわけ難しいですよね。私たちは、バックキャスト志向で「循環しやすい、分解しやすい」デザイン、素材、製品の開発に取り組もうとしています。アメリカのザ・ノース・フェイスではすでにモノマテリアルで製品化されているものがありますから、それらを参考に日本のマーケットに合致したものに落とし込んでいければと思っています。また、製品以外の取り組みとしては、国立公園との連携が始まっています。フィールドに出かけてアクティビティを楽しんでもらいながら、サステナビリティにも思いを馳せてもらおうというプロジェクトで、たとえば各エリアのスーベニアTシャツには環境配慮素材を採用しつつ、それぞれの地域固有の文化を取り入れ、着用してもらうことでその地域への共感を呼び起こそうと考えています。

環境に対する気持ちを育む「湘南国際マラソン」

――ゴールドウインは、環境配慮型を謳った「湘南国際マラソン」のような環境意識を高めるイベントの主催・協賛にも積極的ですが、そうしたイベントへの思いについてもお聞かせください。

西野
ゴールドウインがスポンサードした「湘南国際マラソン」は、ペットボトル、紙コップを使わない、世界初の「マイボトルラン」というところが画期的だと思います。この企画に直接関わっているわけではないのですが、このレースを走ってみるとびっくりするほどゴミがないんですよ。フルマラソンのレースではペットボトルや紙コップ以外に、ランナーが防寒目的で着用するビニール袋が散乱していることが多くて、レース後にボランティアが片付けるのが一般的なんですね。「湘南国際」の意義は、イベントを実施することでゴミを増やすのではなく、参加することで環境への意識を高めるという大会づくりを行なったことではないでしょうか。

鶴田
今後は二極化するのかもしれませんね。記録を狙うランナーやマイボトルを持って走りたくないというランナーは別のレースに出場する。タイムを多少犠牲にしてもサステナブルな取り組みを応援したいというランナーは、こういう大会を選ぶ。私としては、いままでになかったこういう大会を運営するというチャレンジそのものに共感しますね。

西野
プロジェクトメンバーからは、初回は賛否両論あり、さまざまなコメントをもらったとも聞いています。しかし、初回から参加者も増えた2回目は、取り組みの背景をこのレース独自のストーリーとしてしっかり伝えられたのかもしれません。トレイルランニングが主戦場のランナーにとっては補給道具を自分でもつことは当たり前ですが、今後、ロードの世界でもマイボトルを持って走る文化が根付いていくかもしれません。

鶴田
同じものづくりを行う企業として、単に製品を提供するだけでなく、イベントという「場」を提供する際に、どう付加価値をつけて共感を生むのかという点でとても参考になりました。私たちとしても、今後、サステナビリティをさらに浸透させるために、共感を生む場づくりを心がけていきたいと思います。

西野
ソニーとはものづくりのマインドがすごく近くて、親近感が湧きました。何かの企画でご一緒できたらうれしいです!

※Brewed Protein™は、日本およびその他の国におけるスパイバー株式会社の商標または登録商標です。

(写真 古谷勝 / 文 倉石綾子 )

  1. 鶴田健志(つるた・たけし)
    神奈川県横浜市出身。1991年ソニー株式会社入社。システムLSIの設計業務に従事後、99年より社会環境部にてソニーグループの環境方針・目標策定の企画業務、環境コミュニケーション業務などに携わる。現在はサステナビリティ推進部門の部門長を務める。中学高校と陸上部に所属した俊足で、「第1回東京マラソン」でもサブスリー(3時間切り)を達成。また、トレイルランニング黎明期から山を駆け回っていた。現在もランニング、ロードバイクなどに取り組む。
  1. 西野美加(にしの・みか)
    富山県富山市出身。小学校高学年でランニングをスタート。中学、高校時代も陸上部に所属し800m、1500m、3000m、駅伝を主戦場に活躍。高校を卒業後、一時期スポーツから離れるも、2010年のゴールドウイン入社をきっかけに、社内メンバーとランニングを再開。トレイルランニングにものめり込み、さまざまなレースで完走を果たす。ザ・ノース・フェイス事業部でライフスタイルアパレルの企画開発マネージャーを務める現在は、ロードを中心に自分のペースでのんびりとランニングを楽しんでいる。

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