PEOPLE

いつからかスポーツが一番になった

スポーツを一番に考える、SPORTS FIRST な想いを持った
ゴールドウイン社員のライフスタイルに迫ります。

東京・渋谷と富山・小矢部間をロードバイクでエクストリーム出社 石森充昭  

2023.11.02

2022年秋にSPORTS FIRST MAGに登場し、そのサイクリングライフを語ってくれた石森充昭さん。そこでは、翌年に“ホビーレーサーの甲子園”「ツール・ド・おきなわ」に出場するという意気込みが語られていた。そして秋。そろそろおきなわの時期だなと思っていると、石森さんから連絡が入った。

石森さんはこの間にも忙しく過ごしていた。この一年はとりわけダーツにのめりこみ、見事プロ資格を取得した(!)という。それはそれで積もる話が多そうだが、しかし、最大の目標に据えていたツール・ド・おきなわに参加しないとなると、自転車への情熱は冷めてしまったのか? ……と少々寂しい気持ちになった。

ところが石森さんの心はロードバイクとともにあった。この秋のレースこそ取りやめたものの、自転車で何かチャレンジを行いたいという。そこで提案されたのが、ゴールドウインの東京本社から富山本店をつなぐライド。東京都渋谷区から富山県小矢部市まで、距離にして380kmを一回で走るというもの。

本店での業務に合わせた「エクストリーム出社」だが、なかなかどうして、石森さんはやっぱり常軌を逸した会社員サイクリストである。

禊(みそぎ)としてのロングライド?

10月中旬、秋の始まりの一日。AM8:00に石森さんはゴールドウイン東京本社前にいた。昨年同様、オレンジとレッドのトレックのロードバイクに、サイクリストの出で立ち。この先の長い行程で必要になるウェアや補給食を詰め込んだバッグ類がバイクに搭載されているのは昨秋との大きな違いだ。

「今回のライドは禊(みそぎ)です」

と石森さん。禊とは罪や穢れを洗い流す水浴を指す神道の用語だ。この長い道のりにペダルを漕ぎ続け、身体的な限界に挑むことで雑念を振り払おうということなのだろう。苦痛は人を純粋にするが、中途半端な苦痛はただ呪詛の対象にしかならない。肉体的・精神的な限界の先に至って初めて、アスリートは憑き物が落ちたような無垢の境地に至る。100マイルを走るトレイルランナーが最後には自然への畏敬と仲間への感謝を異口同音に述べるのは、この境地に達しているからだ。果たして、石森さんはこの380kmの先にその世界を見ることはできるのだろうか。

380kmのルートは、渋谷をスタートした後、国道20号線をひたすら進み信州をめざす。かつて甲州街道と呼ばれたこのルートは、今日では交通量の多い基幹道路でアップダウンに富む。しかし最大の難所は、長野県から岐阜県へと至る安房峠越え。220km地点から上り基調に転じ、270km地点の山頂は標高1800m超。ロングライドの疲労がもっとも溜まる頃に最大の難所がやってくることになる。

安房峠の山頂から富山県小矢部市までは100km強の下り基調。しかし進行次第では真夜中に峠道を下ることにもなる。肉体的にも、精神的にも厳しいものになることがスタート前から予想される。だからこその「禊」なのだろう。

制限時間は28時間

「目標タイムは……特に決めているわけじゃないんですが、明日の午後から打ち合わせがあって」

スタート前にさらりと恐ろしいことを言う石森さん。必然的に翌日の昼までには富山本店にいないといけないということになった。AM8:00にスタートして、翌日のPM0:00フィニッシュだと制限時間は28時間。途中で睡眠をとるかは進行状況と体調によって決めるということになった。

大きな挑戦を前にしても、石森さんはいつものように飄々としていて、特に気負った風でもない。AM8:00過ぎ、朝の通勤時間帯と重なって交通量の増えてきた山手通りに石森さんと愛車のトレックが滑り出した。さぁ、どんな380kmの自転車旅になるだろうか。

AM 9:21 25km地点 東京都府中市

走り始めて1時間と少し。ようやく交通量の多い市街地を抜けるかというところ。信号にも何回止められたかわからないが、まずまずのペースで走り始めた。集合時間には少し肌寒い秋の気候だったが、さんさんと降り注ぐ日差しに気温が徐々に上がっていく。石森さんはウインドベストの前ジッパーを開けて、身体がオーバーヒートしないよう、淡々と走っていく。まだまだ序盤も序盤、力をセーブしながら走ることが超長距離を走りきる秘訣だと理解している。

AM 10:39 42km地点 京王高尾駅前

やはり思ったよりも気温が高い。水分補給とエネルギーの補給にとコンビニストップを挟む。走り始めて2時間強。距離だけで言えば1/10と少しを走ったことになる。単純にこのペースを維持できれば、24時間かからずゴールドウイン本店に到着することになる。ここからこの日最初のまとまった上り坂である大垂水峠が始まるが、石森さんは意に介す様子はない。

「都内を走り始めてしばらくは向かい風でした。大垂水は学生の頃によくタイムアタックをした峠です。今日はそんなペースでは走りませんが」

AM 10:39 50km地点 大垂水峠

走り慣れた峠道を一定のペースで上っていく。サドルに腰を下ろし立ち漕ぎをしないシッティングでクルクルと軽めのギアを回すことで身体にダメージを与えないように上る。表情にもまだまだ余裕の色。

ダウンヒルではベストの前ジッパーを閉めて身体が冷えないように。気温は高いとはいえ、日陰の長い下り坂を速いスピードで走ると体温は奪われる。

PM 1:20 100km地点 山梨県大月町笹子

甲州街道の名の通り、ルートは山梨県へと入った。しばらくはアップダウンの続いた国道20号だったが、大月市笹子に向けて長く上っていく。もう距離は100kmに到達しようかという頃、この長い上りをこなす石森さんの表情にこの日初めて陰りが覗く。交通量の多い長い上り坂は体力以外に精神力も消耗しそうだ。とはいえ、こちらの姿を確認すると元気そうな素振りを見せる。トラックや大型車がびゅんびゅんと脇を走っていく国道20号だが、後で石森さんは、

「トラックの運転手さんも運転に慣れているので、こちらが真っ直ぐ走れていれば大丈夫ですよ」とけろり。

ここまで休憩などを入れたグロス5時間で100kmを走破。相変わらずいいペースを刻んでいる。

PM 1:57 110km地点 山梨県勝沼町

高台にある山梨県勝沼町は、ブドウの産地。コースから少し外れた先にはワイナリーが軒を連ねる。たわわに実るブドウ、都心よりも少し早い秋がそこにはあった。あくまで人力で走るロードバイクだが、季節まで先取りできる乗り物であることに少し驚かされる。

PM 5:30 170km地点 長野県富士見町

山梨県は東西に広い県だということに、抜けてみてやっと気づく。お隣の長野県へと入ると走行距離はすでに170kmを越えている。通常の感覚なら十分に「ロングライド」の類だ。あれだけ降り注いでいた日射しはどこへやら、もう太陽も沈みかかっている。さすがに石森さんの表情にも疲労の色が覗く。

だが距離だけで見てもまだ半分にも達していない。ここからはナイトライドが始まることを考えると少し気が重くなりそうだ。コンビニで小休止。

「固形物を食べるのに少し疲れを感じるようになってきました。ここまででは実は笹子のあたりが一番きつかったですね。今はまた少し足が回復してきた感触があります」

ここでは温かいボルシチを食べる。日が暮れ、あたりの気温が急激に下がり始めている。ここで標高800m近くなのだから、それも無理はない。東京よりも2週間くらい季節が進んでいる感覚だ。10分ほどの休憩だったが、再スタートを着る頃には辺りは真っ暗になっていた。

PM 6:51 197km地点 長野県諏訪市 諏訪湖

「寒い!」

一瞬ルートから外れていた石森さんだが、ネックウォーマーを買いに行っていたとのこと。ここまで平均速度が20km/hと順調なペースを刻んでいるが、このままではこの先の峠越えを深夜に行うことになる。今回の行程の最大の難所は、265km地点の安房峠。標高1800mから深夜にダウンヒルすることを考えると、真冬並みの装備があっても決して大げさではない。ネックウォーマーを買ったのは、

「これで、下りに備えます」

ということだ。先のことを考える余裕を持って走れている。

PM 7:29 201km地点 長野県岡谷市 塩尻峠

疲労の溜まった足に長い登坂は堪えるものだ。なおも帰宅を急ぐクルマで交通量の多い国道20号線だが、登坂車線を淡々と走る石森さん。まだこの先に最大の難所が待っていることを考えるとここで弱音は吐けない。

眼下には先程まで走っていた諏訪の街と諏訪湖の夜景が見える。

PM 9:30 230km地点 長野県松本市

都内を出発してからひたすらに走ってきた国道20号も、塩尻市で終点を迎えた。松本空港の周りは旅客機の着陸を妨げないようにだろう、街灯がほとんど見当たらず、ここまでのどんな山道よりも暗い。さすがにこの時間帯、この田舎道へ出てくると交通量も激減した。よりライドに集中できそうだが、身体中の痛みを抱えてより内省的な時間帯になりそうだ。

広い意味では安房峠までの上りはもう始まっている。山頂までは35kmを残した松本市郊外のコンビニで再び休憩を取る。上り基調といえ、気温が下がっていることからジャケットを着込む。休憩はひと息つけるが、体温が下がってもしまうのであまり長時間止まっていたくない。

「足に乳酸は溜まってる感じですが、攣ったりはしていないので大丈夫です」

話しかけると石森さんはいつも気丈だ。はたから見ている限りでは悠々とこのライドをこなしているように見える。とはいえ、スープを口に運ぶその所作は少し緩慢になっているし、目も潤んでいる。かれこれ12時間以上も自転車に乗りっぱなしで、しかもいくつもの峠を越えてきているのだから疲労していないはずはないのだ。

ここまで三ツ矢サイダーとコカ・コーラのミニペットボトルを休憩の度にローテーションして飲んできた。飽きないように、とのことだが、ここではコカ・コーラを新たに買った。

PM 11:10 247km地点 長野県松本市

安房峠への長い長い上り坂に入った。上高地をかすめて上る国道158号は、長野県と岐阜県を結ぶ「酷道」。トンネルも多く、しかし岐阜方面へ抜けられる道が限られることから、この深夜時間帯でも時折大型トラックが猛スピードで走っていく。こんな時間に、自転車乗りがひとりこの人里離れた山中を走っているのだから、追い抜くトラックドライバーもさぞかしぎょっとしたことだろう。

長い上り坂は、肉体的にもきついがメンタル的にも堪えるようだ。

「標識看板を見たくないですね。勾配の表示は無くていいです。あと、ちょっと下ったりするのもいらない」

だいぶ追い込まれてきて、石森さんのいう「禊」の領域へと入ってきているようだ。気温は6℃まで落ち込んでいる。山頂まではあと17km。

AM 0:57 264km地点 岐阜県高山市 安房峠

この国道158号はあとひと月もすれば冬期通行止めになる。安房峠の山頂付近はつづら折りの連続だった。それも勾配がきつく、路面は悪い。路肩の木々がいびつにひしゃげているのは、ここが真冬に雪がどっさりと積もるエリアだということを示している。そして雪国の路面はどうしてもひび割れが大きくなるから、疲れた身体に路面からの振動がずっしりと響く。石森さんは時折立ちこぎを交えながら着実にクリアしていった。

上りが始まってからしばらく見せなかった笑顔が、山頂に着いたとたんに溢れた。最大の山場を越えた達成感とも、ようやく一度足を止めていいのだという安堵とも取れる表情。

標高1800mの山頂の気温は2℃。ここに留まっているとさらに体力を奪われてしまうから、石森さんは程なくして下りへと入っていった。この山頂からはため息がでるような星空が見えた。今朝、渋谷の街の喧騒の中にいたことが途方もなく遠いところだったかのように思い出される。

AM 2:42 304km地点 岐阜県飛騨市

安房峠を越えてからは下り貴調で富山のフィニッシュを目指す。が、寒さと極度の疲労、そして暗闇の中でのダウンヒルは下り坂とはいえ消耗の度合いが大きかったようだ。

山頂より気温がだいぶ和らいだ(といっても10℃は下回っている)ところで小休止。冷え切った石森さんの顔色は見るからに青白い。ロードバイクは人力を拡張して遠くまで行かせてくれるデバイスではあるけれど、それゆえに身体は過酷な状況にさらされる。今回のような高い標高の峠となると、上り坂では身体はオーバーヒートし、下り坂では冷え切ってしまう。日中は暑い秋のウェア選びは、夏と冬用を兼ねないといけないためチョイスが難しい。

ここまで300km。疲労して当然だ。15分たっぷり休憩に当てて、石森さんは再び走り出す。ここから富山市へ至る国道41号は、数々のノーベル賞受賞者に縁のある「ノーベル街道」である。しかしそんなうんちくが石森さんを勇気づけるとも思えないので、ぐっと口をつぐむ。

AM 5:07 352km地点 富山県富山市

山際に日が昇り始めた。長い夜が明けようとしている。西へと進路を取る石森さんが日の出を直接見ることはないが、徐々に明るくなっていく景色に英気が戻っていくのが伺えた。

だが、安房峠からは下ってフィニッシュ、という目論見は富山に入ってから崩れることになった。細かいアップダウン、というよりも、比較的長く上って長く下る道が、富山市〜砺波市間に多い。なまじゴールが近づく中で、もう終えたと思っていた上り坂に石森さんは苦しんだ。

「この道はゴールドウイン本店に出張するときに、ふだん空港から通る道だったんです。いつもはクルマで走るので、特にアップダウンの印象はなかったんですが……参りました」

と後になってこの道の厳しさを石森さんは振り返っている。ともあれ、知っている道だということは精神的には追い風だ。標識には小矢部市を示す青看板が増えてきた。ゴールドウイン本店はもうすぐだ。

AM 6:36 377km地点 富山県小矢部市 ゴールドウイン本店

白亜のゴールドウイン本店は日の出によってオレンジ色に染まっていた。早朝の澄んだ空気の中に、オレンジとレッドのトレックがやってきた。約380km、時間にして22時間半のエクストリーム出社を果たした石森さんは、噛みしめるように無事のゴールを喜んだ。

「序盤は余裕を持ったペースで刻んだのですが、最終的に思っていたより速く走れました。案外いけたな、というのが正直なところです。」

終えてみると余裕にも見える石森さん。とはいえ22時間以上もサドルの上で、一人で走ったことになる。ただ起きているだけでも22時間は大変なのに、自転車に乗って、大きな峠を越えた。どうやら今日の走りで、長距離ライドへの手応えも得たらしい。

「今回長い距離を走ってみて、ちゃんとブルベに参加してみたいと思いました。ゆくゆくはパリ〜ブレスト〜パリも、4年後には」

これだけ長い時間を走ったらしばらくは自転車に乗りたくない、と思いそうなものなのに、石森さんは次のロングライドに思いを馳せている。ブルベとは完走を目的とした長距離ライド。その最高峰であるパリ〜ブレスト〜パリは1200kmを走るという4年に一度の祭典。そんなところまでこの瞬間に見据えているのだから、やっぱり石森さんは生粋の自転車乗りである。

最後に、ゴールドウインの社屋を結んだこのエクストリーム出社の感想を聞いてみよう。

「安房峠を上りながら、コーナーの度に満天の星が見えて、綺麗でした。山を越えてからは、本店を目指してずっと田舎道を走っていたんですが、大きな建物が見えたときは安心しました。それは本店の社屋だったり、小矢部のクロスランドタワーだったんですが。新入社員研修でひと月くらい滞在したことがあって、その時のことも懐かしく思い出しました」

色々と思い出して目を細めた石森さん。最後に、「楽しかったです」とはにかんだ。疲労からか達成感からか、その笑みはどこまでも自然で、彼のピュアな表情に見えた。どうやらしっかり、石森さんにとって「禊」としてのロングライドになったようだ。

(写真 田邊信彦/文 小俣雄風太)

  1. 石森充昭(いしもり・みつあき)
    千葉県出身。高校時代は演劇部に所属し表現力を磨く一方で、健康維持のためにロードバイクを始める。大学進学後は名門クラブチームに所属し、各地のロードレースを転戦。ゴールドウイン入社後はランニングやトレイルランニングにのめり込み、しばらくロードレースから離れていたが2022年春から再開。

RECOMMEND POSTS

RELATED SPORTS