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いつからかスポーツが一番になった

スポーツを一番に考える、SPORTS FIRST な想いを持った
ゴールドウイン社員のライフスタイルに迫ります。

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日常と冒険をシームレスに 仲田政樹

2018.11.30

新潟県と群馬県の県境にある巻機山。日本百名山にも選ばれたその山に、仲田政樹さんは休日を利用して同僚と登っていた。紅葉の盛りの山は、標高を上げると新雪に包まれていた。

紅葉は最低気温8℃以下になってから始まる。雪は上空1500mに-6℃の寒気が入ったときに降ることが多い。そんな冷たい空気に覆われた山を登る仲田さんの表情は、しかし秋空のように晴れ晴れとし、心地よさに溢れていた。

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「今、着ているシャツもパンツも、私が仕事で手掛けている『アイスブレーカー』のものです。ニュージランドの自然の中で育まれたメリノウールという素材でできていて、毎日でも着たくなる快適さを持ったウエアです」

毎日でも着たくなるウエア・・・そんなウエアが、果たしてあるのだろうか? そもそも汗をかいて臭ったりしたら、自分だけでなく周囲の人からも引かれそうな気が・・・と、怪訝な顔をしていたからだろうか? 後日、仲田さんは、メリノウールとそれ以外のウールの素材サンプルを持って、インタビューの場所にやって来た。

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「これ、持ってみてください」
といって左右の手に渡された綿状のウールの繊維は、明らかに手触りが違った。思わず目を大きくして驚く程、メリノウールは柔らかかったのだ。その様子を見て仲田さんはうれしそうに話しを続ける。

「いや、私もアイスブレーカーを初めて着たとき、着心地のよさに正直驚きました。でも、着るまでは、そうは思っていなかったんですよ」

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少し照れ笑いを浮かべながら、アイスブレーカーの担当になった経緯を振り返ってくれた。アイスブレーカーが、まだゴールドウインで取り扱われていなかった頃のことだ。

「2011年の秋、アイスブレーカーの幹部3人が来日しました。当時海外事業グループにいた私は、上司から頼まれて彼らを都内のアウトドアショップに案内したんです。そこでゴールドウインが取り扱う『ザ・ノース・フェイス』のシャツと他の海外ブランドを比べて、袖の長さをはじめとするサイジングの違いを見せました。我々が日本の市場にどれだけ最適化させて販売しているのかを、端的に見せたのです」

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それにアンダーウエアは化繊が主流で、安価でよい商品もたくさんあったので、私は高価なウールに市場性はないと考えていました。そこで3人のうち、中堅の部長クラスだと思った人に、こういいました。『アイスブレーカーは売れないと思うよ』 今思えば、知らないことをいいことに失礼なことを言ったと反省しますが、彼は部長ではなく社長のジェレミー・ムーンだったのです……」

それから数日後、当時の事業部長から「アイスブレーカーの取り扱いを始めようと思うが、先方が仲田に担当してもらえないかと言ってきている。どう思う?」と言われたという。間もなくニュージランドに赴くと、ジェレミーから直接「来てくれてありがとう、日本でアイスブレーカーをよろしく頼むよ」と声をかけてもらった。一緒に頑張ろう、という親しみのある誘いに仲田さんはアイスブレーカーとの仕事を決意する。

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「ニュージランドでは、アイスブレーカーが契約している牧場との信頼関係、羊の健康や羊を育む自然環境にダメージを与えないための管理体制、そしてそこで働く人たちのプライドを見ました。そこでメリノウールの品質の高さの理由を知りました。また実際にトレッキングやバックカントリースキーなどのアクティビティで着用してみて、機能の高さも体感しました」

高品質、高機能だからこそ、まず取り組んだのはウエアのサイジング。「売れない」理由に挙げた、日本人の体型に合うように袖丈を直して販売した。

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「いくらよいものでも、ただ輸入して販売するだけでは難しい。幸い、ゴールドウインはモノを作って販売している会社でもあります。私は長く輸入したものを販売する仕事をしてきましたが、今回はいろいろな人の力を借りて、つくることにも取り組もうと考えました。さらにつくるだけではなく、伝えることも考えました」

アイスブレーカーは、世界的にはアウトドアのベースレイヤーの代名詞として知られていた。相応の機能性も持ち合わせていた。

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「日本の市場では、アウトドアウエアとしてよりも、高品質なライフスタイルウエアとして展開した方が、伝わるんじゃないかと思ったんです。そこで、ベースレイヤー、つまり下着のイメージを脱却するウエアを日本向けに企画しました。Tシャツやシャツの上に羽織えるライフスタイル寄りのアイテムです」

それが2014年に発売された『ディアイス』だった。アウトドアという、ある意味で限定された人に向けたアイテムから、アウトドア的なライフスタイルという、より大きなパイに向けたアイテムとして投入したものだ。

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「メリノウールという素材のよさはそのままに、下着ではなく、1枚で普段使いができる形に変えました。例えばスポーツウェアとして機能するタイトめのフィット感やフラットシームを排して、カジュアルウエア的なリラックスできるパターン、重ね着したときのインナーの見え方がきれなボートネックを採用しました。なぜそうしたウエアをつくったかというと、私自身もそうだったのですが、現代人はシーンやフィールドに応じていろいろなウエアを持っていて、それでクローゼットの中は服で溢れかえっています。でも、アウトドアスポーツに取り組むほどに、シンプルなライフスタイルを求める自分に気が付いたからなんです」

そう話すなかで仲田さんが繰り返したのは、「ひとつではなく、ふたつ」という言葉だった。それは、もっともっととモノを求めることではない。

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「ひとつのウエアで、いろいろなスポーツ、シーンで使える方が、さらにアウトドアでも街でも着られる方が、よいものだと思うんです。私の仕事においても、ただつくるだけでは終わりたくなかった。なにかを伝えられるものをつくりたかった。それはブランドを立ち上げて以来、さまざまな困難を乗り越えてきたジェレミーや彼を支えたアイスブレーカー社の社員、牧場、工場で働く人たちとコミュニケーションをとるなかで受けたインスピレーションによるものでもあるんです」

仲田さんが手掛けたライフスタイルウエアは現在『JOURNEYS』というコレクションとなり、日本では売上の7割を占めるに至っている。また北米、南半球でも展開され、2019年からはヨーロッパでも展開予定だ。

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「売れないといった私が『JOURNEYS』を手掛けられたのは、ジェレミーたちのエネルギーに感化され、アウトドアスポーツに一層熱中し、彼らや自然に対する感謝やリスペクトが原動力となったことは間違いありません」

仲田さんは今日も巻機山を登ったときと同じアイスブレーカーを着て、日常と冒険をシームレスに楽しみ、シンプルを実践していた。

  1. 仲田政樹
    1973年生まれ、埼玉県出身。専修大学卒業後、1997年ゴールドウイン入社。アウトドア流通の専門店をメインに営業職を8年、アウトドア商品部に3年、同海外事業グループにて4年勤務した後、ザ・ノース・フェイス事業部に異動。現在はアイスブレーカーを担当。

(写真 David Frank / 文 PONCHO)

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