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30年後にも名作といわれるようなテントにしたい
狩野茂

2018.07.09

発表と同時にアウトドア業界をザワつかせたテントがある。ザ・ノース・フェイスから、リリースされた「ジオドーム4」。ザ・ノース・フェイスを象徴するジオデシック構造テントの新作だ。20世紀のダヴィンチとも呼ばれるバックミンスター・フラー博士とともに開発した、世界初のジオデシック構造のテント「オーバル・インテンション」から43年。新たに日本で誕生した「ジオドーム4」は驚くべき進化を遂げていた。「ジオドーム4」の開発リーダーを務めたのは、ザ・ノース・フェイス事業部 エキップメントグループ マネージャーの狩野茂さん。「ジオドーム4」の美しい姿を眺めながら、その開発秘話などを伺う。

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半球を超えたテント

それは、センセーショナルで、そしてとても美しいテントだ。

ザ・ノース・フェイスが新たに誕生させた「ジオドーム4」は、バックミンスター・フラー博士が提唱したジオデシック構造を取り入れたドーム型テント。実は、ザ・ノース・フェイスと、フラー博士の関係は深い。1975年にフラー博士とともに作った世界最初のジオデシック構造のドームテント「オーバル・インテンション」は、1976年にパタゴニア遠征隊に採用され、時速200kmの暴風雪に耐えたという伝説を残した。1984年には、同構造を採用した「2メータードーム」を開発。いまでもなお極地登山などのベースキャンプテントとして使われている名作だ。

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「 “DO MORE WITH LESS(最小限のエネルギー・物質で最大限の機能を引き出す)。”ザ・ノース・フェイスの物作りの根底にある言葉ですが、これを提唱したのもフラー博士なんです。その象徴となるようなテントをいまの技術で作ったらどうなるか。そういうところからジオドーム4の開発が始まりました」

「ジオドーム4」の生みの親である狩野さんは、現在エキップメントグループを率いる人物。なぜいまテントだったのか? しかもジオデシック構造という難易度の高いものを。

「チャレンジするのが好きなんです。きっかけは5年ほど前。その当時、テントはすべてアメリカ企画でした。だからまずは日本の気候にあった、山岳用の1人用テントを作りました。それが完成した時に、次のステップとしてジオデシック構造によるアートのような美しいテントが作りたいという考えが生まれた」

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開発を決めた当初は、「2メータードーム」を元にして、生地やポールなどを変更し、重量と価格を抑えたいわゆるマイナーチェンジ的な案もあったという。

「でも、それじゃやっぱりつまらないという話になって、ジオデシック構造を活かしつつ、よりよくアップデートできないかと、社内外の開発チームで話し合いを続けた結果、辿り着いたのがこの形です」

半球を超えたドームテント。これこそが、真っ先に目にとまる「ジオドーム4」の特徴。しかし、これは見せかけのデザインから生まれたものではない。

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「最初に決めていたこととして、床面積は4人分。高さは2.1mにするというものがありました。それをジオデシック構造で実現しつつ、強度もしっかり保つということになったとき、必然的にこの形になったんです」

目的が最初にあって、そこに形が付いてきた。その結果、狩野さんが目指す機能美という要素も兼ね備えたものになった。2.1mという高さにこだわったのはそれが建築基準法で定められた天井高だったから。これは、モバイルハウスという特性も持たせたかったからだ。

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「基本はキャンプユースですけど、キャンプでのテントは寝るだけの場所。それだけじゃなくて、テントの中でも快適に過ごせるものにしたかったんです」

実際にテント内に入ってみると、大人が立っても圧迫感はまったくない。側面が立ち上がっているので、半球ドームではデッドスペースになりがちな隅の部分も有効に使える。ベンチレーション窓も多いので、風通しも良い。オートキャンプはもちろん、雷鳥沢や涸沢あたりでベースキャンプテントとして使うのもいい。重量があまり気にならない、カヤック旅のテントにも向く。このテントだったら悪天候時の停滞でもストレスは少ない。その居住性の高さから、災害時にもシェルターとして活躍してくれそうだ。

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世界初を生み出すために

半球以上のテントは世界初の試み。作る上での苦労もあった。

「ポールの強度は何度もテストしました。赤道部分に入るポールは特に。ポールメーカーはあそこまで曲げて使うことは想定していないと思うんです。最初は6本のポールを全部同じ太さにしましたが、風洞実験で歪んでしまいました。だから最終的にメインの5本のポールが9.5mmで赤道ポールを11.1mmにしました」

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このテントは見かけからは想像できないほどの耐風性も確保している。風速約26m/秒にも耐えるその性能を実現しているのは、独自のテンションシステム。周囲に5ヵ所配置された角のような部分に、張り綱を巡らすことで、抜群の強度も確保している。

「でも、設営が難しくなるのは嫌だったので、このテンションシステムも一体型にしました。ポール数も2メータードームの半分です。しかも赤道ポール以外は、すべて長さも太さも同じポールですから、どこにどのポールを入れれば良いのかで迷ったりすることもありません」

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実際に立ててみると狩野さんの言葉通り、設営は実に容易。初見でも迷うことなくスイスイ組み立てられる。それを実現したのは試行錯誤の賜物だ。開発チームでのミーティングは数知れず、サンプルを作った回数は5回。その度に改良を施していき、いまの形になった。構造体としてだけでなく、日本企画らしい細やかな配慮があるのもこのテントの魅力だ。

「高い位置にある上部のベンチレーションを開閉しやすくするために、バッグパックでも使っているクイックオープンシステムを採用しました。それから、4ヵ所のオーガナイザーは取り外しができて、そのままウエストポーチやエプロンのように使えます。この辺りはエキップメントグループとして長年バックパック作りに携わってきた経験が活きていますね」

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狩野さんがマネージャーを務めるエキップメントグループの仕事は多岐にわたる。アパレルとシューズ以外のすべてを担当する。しかし、狩野さんはそれを大変、とは言わず、楽しいと言う。

「仕事の幅が広いからこそ面白い。極端なことを言えば何を作っても良いわけですから。だからこれから作りたいものもたくさんあります。例えば軽量なファストパッキング用の自立式テントも作りたいし、ジオドームの進化形も手がけてみたいですね。あと寝袋も作ってみたいです。例えば光電子を入れてみたらどうなるんだろうとか。それから防水系のバッグなども……」

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キャンプ場に行けば他の人のテントやギアが気になるし、街を歩けばついついバックパックを観察してしまう。自宅のガレージはキャンプ道具を始め、スノーボードにルアーやフライと、アウトドアアイテムが大半を占める。「四六時中仕事のことを考えてますね」と狩野さんは笑う。

「新しいものにチャレンジし続ける面白さも、もちろん強く感じていますが、残って行く良さというのも、それと同じくらい大切にしていきたいです。ジオドーム4に関して言えば、特にその思いが強い。30年後にも名作と言われるテントになって欲しいし、そうなるという手応えはあります」

  1. 狩野茂
    1970年生まれ。宮城県石巻市出身。小学生6年生の時に、たったひとりでテントを持っての、3泊4日の東北自転車旅が、アウトドア体験の原点。中学時代は陸上部。1500、3000m走や駅伝、クロスカントリー(現在のトレイルランニング)などの選手として活躍。大学時代には、父親の影響もあってヨット部に所属。年間150日は海に出る生活を送る。現在は家族でのキャンプやスノーボードなどを楽しんでいる。最近シーカヤックを入手し、再び海への熱が再燃中。

(写真 飯坂大 / 文 櫻井卓)

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