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いつからかスポーツが一番になった

スポーツを一番に考える、SPORTS FIRST な想いを持った
ゴールドウイン社員のライフスタイルに迫ります。

山はただそこにあり、いかに人が受け取ることができるのか。
アドベンチャーレーサー田中陽希×ザ・ノース・フェイス 前川安弘

2015.11.27

昨年、すべての行程を人力で移動しながら一筆書きで北上し、百名山を踏破するという、過酷で幸福な旅を成功させ、さらに今年、二百名山に挑んでいる田中陽希さん。まさにその南下の旅の途中で、〈The North Face GRAVITY 白馬店〉に立ち寄ることに。69歳の最年長スタッフである前川安弘さんも55歳で百名山を踏破し、現在は二百名山に挑戦中という、熟達した山好き。日本の山を愛する二人が、山を登るとはどういうことなのか、根本的な思いを語りあった。

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頂上を見極めるだけっていうのは味気ない

田中 百名山を一度は全部登ってみたい、それが10年かかろうが30年かかろうが、やってみたいっていうスタンスだったんですが、2年前に九州の百名山を登ってみようと、すべて人力の今と同じスタイルで、阿蘇、久住、祖母の三座に登ったんです。それがすごく新鮮で。そもそも山はどこから始まっているのかって考えるようになったんです。それまでは自分にとっての山は、山頂付近にばかり目を向けていて、麓だったり裾野には目を向けていなかった。

前川 陽希さんがおっしゃるように、頂上を見極めるだけっていうのは味気ない。その山には、その山なりの特性があると思うんですね。例えば、東北に和賀岳っていう山がありますが、あそこの麓の村は、かつてすごく貧しい村だったそうなんです。そこの村長さんがいかにして村を再興させたかっていう本を読んでから山を登ると、深みが出るというか。

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田中 どうしても、山に登ったっていう結果が欲しいんですよね。山頂に立ったという印を求めてしまうことも多い。でも、たまたま雨の日に山に登って眺望が悪かったとしたら、その山の印象が悪くなってしまったりもする。でも、山はずっとそこにあって、麓の町に暮らす人にとっては、故郷の山なんですよね。それが県外からピュッと来て、登山口から登ってその山の魅力をどう感じるのかって、なかなか言葉にできない。山は水だったり、空気だったり、その麓で暮らす人々にとても大きな恩恵を与えているはずで、その人たちの言葉こそがその山の姿を表現していると思うんです。

前川 麓には、こんな昔からの言い伝えがあるよって知ってから行くのは、山の楽しみを広げますよね。

田中 僕も歩いて旅をしているので、町の雰囲気が変わるのがわかるんです。言葉が変わりますから。例えば、船形山を宮城の方から見れば、船をひっくり返したように見えるんです。でも、山形の人にとっては修験の山で、御所山なんです。地図には船形山と書いてあるので、山形で「船形山に行くんです」というと必ず皆さん「ああ、御所山ね」って言い直すんです。それこそが山を知るということのひとつだと思うんです。

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百名山を登ることって、それほど重要ではないのかなって

田中 百名山っていうのが先走り過ぎちゃっているんですよね。百名山を登るっていうことの意義が、それほど重要ではないのかなって。例えばロープウェイで山へ向かうのも、厳しく見れば環境破壊という問題はあるけれども、自然へのひとつのアプローチだと思うんです。山の楽しみ方は、山頂に行くことだけじゃない。体力がないからって麓で少し離れたところから見上げる山もいいんです。富士山なんて、離れなかったら、その美しさに気づけないですから。東北の姫神山に登っているときに、九州からたくさん登山客の方が来ていたんですね。

前川 宮沢賢治の山ですね。

田中 はい、標高はそれほど高くないですが、独立峰でとても存在感のある山。そのときに、九州には高い山がないから、どうしても憧れを抱くという話から、鹿児島の開聞岳について盛り上がったんですね。賛否があって、僕も意見を求められたんです。僕が話したのは、あの開聞岳は、渦巻状に登っていく、日本ではおそらく唯一の山だと。スタートは真北なんですが、東西南北すべての方角を感じながら山を登るんです。

前川 おお、確かにそうですね。

田中 すると、同じ山でも、方角によって花の咲き方、芽吹き具合がまったく違うんです。東側はすでに春から夏へと向かっているのに、西側は未だに冬のよう。その話をしたら、「山頂からどういう景色が見えるかしか考えてなかった」って言ってました。山は、いろんな顔を見せてくれるんです。晴れなら晴れの、雨なら雨の、その山の表情をどう受け取るのか。すべては受け取るわれわれの問題なんですよね。山はただ、そこにあるわけですから。

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前川 陽希さんが宗谷岬を出るときに、地元の皆さんに手を振られて、「私たちの分まで頑張って」って言われている映像を観るとね、自分では体力的に無理なんだけれども、思いを乗せているというか。陽希さんの旅のスタイルに、気付かされることも多いし、日本全国が元気づけられているなと思います。

田中 二百名山が百名山に劣っているかといえば、決してそんなことはない。あくまで目安に過ぎないことに今年の旅をしていて気づいたんです。

前川 険しさに関してはいかがですか? 私は二百名山の方が、より険しく難易度が高いという実感があるんですが。

田中 百名山は人気が高いから、管理している役場が手を入れる。すると標識もあって登山道も整備される。必然的に登りやすくなるっていうことだと思います。百名山も山のレベルはイーブンじゃないですから。滋賀の伊吹山は9合目まで車で行けるから早い人なら車を降りて30分で山頂まで行ける。でも北海道のトムラウシのように、アプローチがすごく長くて水場が少ないっていう山もある。その難しさに深みにはまっていくんですけどね(笑)。

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 目標があることはすごく大切だと思うんです。でも「百名山、もう80座やっつけました」って言われると、どうしても引っかかってしまう。そう言う方は、ピークハンターなんですよね。僕のスタンスとは違う。山は、そこに山があるからこそ登ることができる。その自然への恩恵に対して感謝しなければ。七面山に登ったときに、信仰の山ですから、登山をされてない方でも拝答のために山に登るんですね。僕の一歩の距離を90度に腰の曲がったおばあちゃんが3倍の時間をかけて、5歩かけて歩いていたです。日本にはまだまだ山岳信仰が残っているんだなって感じましたね。

前川 私も、七面山の上の敬慎院にお参りするために、大晦日に登ったことがあります。とても荘厳で、ロマンがありました。

田中 僕も山に登るたびに手を合わせて、感謝をしています。ありがとうございました、お邪魔しましたと。日本には山岳信仰がどの山にもあった。かつて山を登ることで育まれていた自然への畏怖や感謝の気持ちを、非日常の登山だからこそ、改めて取り戻す機会になったらいいなと思うんです。

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  2. 田中陽希(たなか ようき)
    1983年生まれ。大学卒業後、アドベンチャーレースと出会い、冒険の世界へ。2009年には世界スキーオリエンテーリング選手権大会日本代表に。国内唯一のプロアドベンチャーレースチーム〈EASTWIND〉のメンバーとして、パタゴニアエクスペディションレースに2010年〜2013年まで出場。2014年には屋久島から利尻島まで、「日本百名山ひと筆書き」の旅を208日で達成。2015年、「二百名山ひと筆書き」に挑戦中。
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  2. 前川安弘(まえかわ やすひろ)
    1946年生まれ。55歳で百名山を踏破。その後、二百名山を徐々に登り、現在60座へと登っている。3年前に白馬へと移住し、〈The North Face GRAVITY白馬店〉のスタッフとして働きつつ、長野県自然保護レンジャー、栂池自然園ボランティアなども務める。

(写真 阿部健 / 文 村岡俊也)

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