
手早くタープを張り、テントを立てると、田邉航也さんはいそいそと釣りの支度を整えた。近くに自然渓流が流れるこのキャンプ場は、都心から遠くないこともあり、よく訪れるのだとか。道志川というと、山梨県の名河川にして渓流釣りのメッカ。釣り人も多く、プレッシャーも高いという印象だが、「それが結構釣れるんですよ」と田邉さんは笑う。

冬のスキーから夏の渓流釣りへ
〈THE NORTH FACE 神田店〉に勤める田邉さんは、3歳の頃からスキーを始め、大学を卒業するまでアルペン競技に打ち込んできた生粋のスキーヤー。スキーウェアを手掛けるGoldwinブランドに惹かれ株式会社ゴールドウインに入社して5年目になる。社会人になってからは夏を渓流釣りとキャンプで過ごすことが多くなったという。
「小さい頃にはバス釣りをやっていたこともあったのですが、渓流釣りは敷居が高くて。でも神田店の安井綾さんに教わって一緒に通ううちに好きになりました。安井さんはフライ、僕はルアーで釣るので、お互いに得意な箇所を攻めながら川を釣り上がるんです」


渓流釣りはここ数年楽しんでいるとのことだが、駆使する道具にこだわりを見せる。ベイトフィネスという、渓流釣りにベイトリールを使用するスタイルは少し玄人向けのものだが、難なく使いこなして綺麗な魚体のヤマメを釣り上げてみせた。お気に入りのロッド&リールとともに、魚体を写真に収めた。


「僕の考え方なのですが、どうせハマるんだったら最初からいい道具を使った方がいい、と思っています。道具はモチベーションです。自分が格好いいと思えるいい道具で、楽しみたい。それはスキーも同じです」
渓流なら、釣れなくてもいい
その後もテンポよく釣り上がっていく田邉さん。今度もヤマメが顔を見せた。パーマークと呼ばれる体側の大きな斑点が特徴的な、渓流の宝石だ。田邉さんは慈しむように写真を撮ってからリリース。都心から近いのに、確かに魚の反応が良く、緑に囲まれた渓相に心が安らぐ釣り場でもある。

「釣れなくてもいいやと思うんですよ(笑) 自然の景色のいい中で釣りをしているから。実は昨日も渓流に向かったんですが、雨が降り増水していて釣りができる状況ではなかったんです。でも、山中にクルマを停めて景色を見ながらカップラーメンを食べるだけでも満たされるものがある。そういうところを含めて渓流釣りが好きですね」
自然の中で遊ぶことが好き。釣りの喜びを語る田邉さんを見ているとそれは何ら不思議なことではないが、自身の打ち込んできたスキーとの付き合い方にもそれは表れている。高校生まではアルペンの競技スキーに没頭したが、大学に入り時間ができるとバックカントリースキーを楽しむようになった。それは田邉さんとスポーツとの付き合い方を変えるきっかけになる。

本気のスポーツにも遊ぶ気持ちが大切
「競技に打ち込んでいく中で、タイムを競うのが正直辛くなってきました。自分の好きなことをしているはずなのに、好きなことができていない感覚になったんです。それで大学生の頃、年末にニセコで先輩と楽しむためのスキーを滑るために出かけて。パウダースノーを滑ったときに、最高だなって。競技も大事だけど、遊ばないといけないなって思ったんです」
面白いことを楽しみ遊ぶ気持ちを大事にしながらスキーに向き合うと、アルペンスキーの成績も向上したという。スキーは自然に挑む競技と勘違いされやすいが、自然と遊ぶことも突き詰めると重要なのかもしれない。その後入社したゴールドウインにはやはりスキー好きの同僚が多数おり、今では全国各地にバックカントリー仲間ができたという。今年も2週間ほど、東北でのライドを楽しんだそうだ。
「神田店という場所柄、お客様の中にもバックカントリーが好き、やってみたいという方が多いんです。そういう方たちにTHE NORTH FACEだけでなくスキーやギア、パーツの話ができるものも今の仕事の好きなところです」


冬はスキー、夏は釣り。店舗の先輩である安井さんを例に挙げるまでもなく、自然との遊び方を知る人たちのアクティブな季節の過ごし方だ。渓流釣りは田邉さんにとって、どんな魅力があるのだろう。
「ちょっとヘンな言い方になりますが、賭け事に近いんじゃないかと。失うもののない賭け事。当たるか、釣れるかわからない状態で挑んで、釣れるとすごく嬉しい。釣れたときのアドレナリンの出方はクセになります。渓流だと綺麗な魚に出合って、写真を撮らせてもらって、もし食べたければいただいて。すごくクリーンな趣味だとと思います」

この後はキャンプ
そろそろ釣りも終わりという頃に、田邉さんの引くスピーナーにイワナが食いついてきた。愛嬌のある顔立ちをした渓流の住人は、身体中に散りばめられた白の斑点が美しい。この一尾は針を飲まれてしまったのでキープすることに。釣りを終えてウェーダーを脱ぎ、テントに戻ると田邉さんのもうひとつのアクティビティが始まる。
今日はキャンプご飯を振る舞ってくれるという。気づけばもう、釣りのときのように田邉さんは手際よく準備を進めている。今しがた釣ったイワナも調理するというから、どんな料理が出てくるか楽しみだ。
(写真 田辺信彦 / 文 小俣雄風太)
- 田邉航也(たなべ・こうや)
1996年広島生まれ。3歳の頃からスキーを始め、学生時代はアルペンスキーに打ち込む。大学生時代には養魚場でアルバイトをする魚好きの顔も。大学卒業後、株式会社ゴールドウインに入社。〈THE NORTH FACE 神田店〉に配属され、現在5年目。現在もシーズンにはバックカントリースキーを楽しむ。2023年の春は群馬県の至仏山で季節外れの雪に歓喜した。近年は夏場に渓流釣りとキャンプを楽しんでいる。