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ゴールドウイン社員のライフスタイルに迫ります。

空港は特別な場所であり、同時に当たり前の場所であってほしい 柴 健司 

2020.07.28

成田空港第1ターミナルにある『THE NORTH FACE EXPLORER』店長の柴健司さん。早朝に竿を振ってから出勤することも珍しくない、筋金入りのバス・フィッシャーマンでもある。アウトドアと空港という、両極端な空間で日常を過ごす柴さんのライフスタイルを追った。

いつになく長い梅雨だ。しかし釣り人にとって雨は好釣果の兆しでもあるから、柴さんの表情は明るく、期待に満ちている。午前5時前、川縁に停めた軽トラからカヤックを下ろし、雨の降り注ぐ川へと漕ぎ出していく。狙うは、ブラックバス。

千葉県東部を流れるこの川は、柴さんのホームリバー。この長閑な水田地帯に芝さんは生まれ育った。釣りは少年時代から楽しんでいるという年季の入りよう。数年前からカヤックでの釣りを始め、今では休みの度ごとに釣り場を巡っては魚との対話に励んでいる。

穏やかな流れの川とはいえ、カヤックは上流へとすいすい進んでいく。アシが茂った岸際の、いかにも魚がいそうなポイントにルアーをキャスティングしていく。時にその距離は5mほど。陸からの釣りでは魚に警戒心を抱かせる距離感も、水に浮くカヤックでは十分射程圏内になるのだという。

柴さんは、「トップウォーター」の釣りにこだわっている。水面に浮かぶルアーだけで釣るこのスタイルは、魚が食いついた時の反応が爆発的で、多くの釣り人を魅了する。釣りの難易度としては決して易しいものではないが、趣味性の高い道具や価値ある1匹との出会いを楽しむ大人のアソビだ。

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  • ルアーをキャスト。アクション。少しパドルで漕いで上流へ。キャスト。アクション。その繰り返し。丁寧に川を釣り上っていくが、魚の反応はない。Sports First Magのバス釣り取材では、まだ釣れた実績がないと先に伝えたのがいけなかったか。柴さんに見えないプレッシャーをかけてしまったかもしれない。

    「移動しましょう。小さいけど数が釣れる野池が近所にありますから、魚の顔を見ましょう」

    車を走らせ、柴さんのとっておきの野池に到着。先ほどの川と比べるとこじんまりとした、木々に覆われた池。岸からでは釣りにくいが、そこはカヤックの機動性を生かして釣り進んでいく。すると……

    「きた!」

    歓声ののち、少し照れくさそうに柴さんが両手を差し出す。そこには紛うことなき、ブラックバスの姿が。「小さいですけど」とはにかむ柴さんだが、一匹は一匹。それも魚体とほとんど変わらない大きさのトップウォータールアーで釣り上げたのだから、お見事。

    その後もしばらく雨の中を釣り続け、数匹を追加したところで納竿となった。1匹釣れたあとの柴さんはリラックスした様子で釣りを楽しんでいた。やはり、釣るまでのプレッシャーがかかっていたようだ。

    野池を出ると『この先 成田国際空港』と書かれた標識が目に入った。日本の空の玄関口であり、柴さんが働く場所でもある。

    「旅」をテーマにしたユニークなショップ

    柴さんは成田空港第1ターミナルのインショップ『THE NORTH FACE EXPLORER』で店長を務めている。THE NORTH FACEのショップとしては唯一空港にある、旅をテーマにしたコンセプトショップだ。ユニークな立地のショップゆえ、品揃えやお客さんの層も他店とは違いを見せる。

    「お客様のほとんどがこれから旅行に出られる方なので、今の日本の季節や気温と売れる品が関係ないんです。真冬でもサンダルを置いていますし、ラゲッジタグのようにこの店だけで売れている商品もあります。ひととおりなんでも揃っているところは、駅のキオスクに近いイメージですね」

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    • 他にも機内で着るための薄手の羽織りものや、シャワーサンダル、抗菌性能が長期出張で役立つMXPといったアイテムも好調なのだという。旅する人を対象にしたショップならではというところだが、オープンして1年あまり、最近は「地元」のお客さんも増えているのだとか。

      「東京まで出なくていいから、と近隣のお客様も増えてきました。それに空港の従業員の方達も大事なお客様です。成田空港だけで20,000人が働いていますから」

      沈黙の春

      国を挙げてインバウンドを呼び込み、成田空港は日本の玄関口として連日賑わいを見せていた。しかし新型コロナウイルスによって空港の利用者は激減した。速報値では、2020年5月の旅客便利用数は前年同月比で98%減という、にわかには信じがたい数値が報告されている。

      「去年の段階では売り上げも良く、『来年はオリンピックがある』からさらに順調だろうと言っていたんですが、この春の状況には驚きました。3月の中旬から空港内から人が減り始めて、4月9日にショップをクローズしました。ちょうど開店して一周年の節目だったのですが……。6月になって営業を再開しましたが、他の店舗も含めてオープンしているのは10店舗以下。空港全体で2割しか施設が稼働していない状況です」

      確かに『THE NORTH FACE EXPLORER』の周囲の店舗はみな閉まったまま。それによってフロア全体が暗く感じるが、何よりもカートを押して歩いている人がいないことに驚かされる。平時の空港が賑やかさと活気で満ちたものだからこそ、この現状を目の当たりにすると言葉を失う。

      6月の営業再開時には、働けることが嬉しかったと語る柴さん。そして訪れるお客さんと触れ合うことで、その仕事の意義を強く感じたという。

      「お店の再開後、まず来てくれたのは空港の従業員の方達でした。『電気がついていて、嬉しい』という声もあり、みんな寂しい気持ちになっていたんだと実感しましたね。航空会社によっては、感染予防のため機内で毛布の貸し出しをストップしているところもあり、羽織れる長袖の需要も出てきました。お客様の必要に応えられるのは、やっぱり嬉しいです」

      以前ほどの売り上げは見込めずとも、入念な感染予防対策のうえで『THE NORTH FACE EXPLORER』は空港にいる誰かのために店を開く。そこには柴さんの持ち前のホスピタリティと、ある種の使命感がある。

      「空港は特別な場所であってほしい。それと同時に当たり前の場所でもあってほしいんです。旅をする人が行き交うのはもちろん、近隣にお住まいの方が離陸する飛行機を見に来て、ご飯を食べて帰っていくような、日常の場所であってほしい。この店はコミュニケーションの場であり、いろいろな人と会っていろいろなことを知ることのできる場として1年やってきました。これからも、この店に来たからにはプラスになって帰ってほしいですね」

      1. 柴 健司
        1983年千葉県生まれ。成田空港第1ターミナル内にある『THE NORTH FACE EXPLORER』店長。ファッションとしてTHE NORTH FACEに触れ、今では釣りに欠かせないギアに。少年時代より釣りにのめり込み、4年ほど前からはカヤックフィッシングを楽しむ。霞ヶ浦水系、利根川水系を釣り歩く(漕ぐ?)トップウォーターフィッシャーマン。

      (写真 田辺信彦 / 文 小俣雄風太)

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