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ゴールドウイン社員のライフスタイルに迫ります。

ニセコの“遊び”の延長線上にあるもの 鈴木秀明

2022.09.30

北海道・ニセコの魅力は冬だけではない。ニセコに行くと、この言葉によく耳にする。〈THE NORTH FACE GRAVITY NISEKO〉で店長を務める鈴木秀明さんは「春から秋かけても素晴らしい」と言う。夏の終わり、鈴木さんに誘われて、尻別川支流へイワナ釣りに同行した。

鈴木さんの運転する車が道道から小道へ入っていく。道の左右は鬱蒼とした木々に囲まれ、枝が車のガラスを叩く。「あまり人が入ってない場所なんですよね」と鈴木さん。しばらくして車が止まった。ここはニセコの町から車で1時間ほどの場所。釣り人はそう易々とお気に入りのポイントを明かさない。釣れるとわかれば行きたくなるのが釣り人の性(さが)。大勢が川に入ると魚や環境へのプレッシャーになるからだ。

「雨で水量は多いけど、天気も良いし、水温もあって魚もやる気あるんじゃないかな」と、川の様子を見た鈴木さんが呟く。鈴木さんはウェットウェーディングと呼ばれる装備を身につける。足先から腰や胸まで伸ばしたウェーダーとは違い、体にフィットしているために水に入っても抵抗が少ない。「ウェーダーと比べても涼しいんですよ」。初夏から秋にかけてはこの装備で入渓することが多いという。

鈴木さんが慣れた手つきでフライロッドを組み立てて糸を通し、ドライフライをセッティングしていく。無駄のない一連の動きを目で追っていると、雪山に入る時の所作とかぶった。そう告げると鈴木さんが頷く。

「たしかに雪山に入る時と雰囲気は似ているかもしれない。雪に合わせて装備を身に付けて、パウダーを当てるみたいなね」と、鈴木さんが笑う。この場合のパウダーとは釣果のことだろう。身支度が整うと、鈴木さんは爆竹を取り出した。爆竹を鳴らせば熊とばったり出くわすことも減るそうだ。

しばらく川沿いを歩く。チリンチリンと熊よけの鈴がなる。鈴木さんは躊躇なく、川に入っていく。「少し魚の様子を見ますね」とフライロッドを幾度か振り、リーダーを伸ばしていく。水面をフライが叩く。流れにフライを浮かべ魚のチェイスを観察する。これで魚の活性がわかるという。

「少し渋いかな……。釣れなかったらどうしようかなあ」と不安な言葉とは裏腹に鈴木さんの表情は明るい。朝の待ち合わせ、入渓前、川の中でと、笑顔のグレードが上がっていく。この人は釣りが好きでたまらないのだ。

川の流れが落ち込み、少し深くなった近くにフライを打ち込む。その瞬間、水面が盛り上がり、黒い影が毛針を水中に引き込んだ。鈴木さんが竿を上げると、糸にテンションがかかり、グラスファイバー製の竿が弧を描いた。「ちょっと大きいかも」。

やがて、観念した魚が顔を出す。鈴木さんがランディングネットを差し出すと、するっと魚が網に入っていった。30センチをゆうに超えたイワナだった。口がしゃくれ、猛禽類を思わす獰猛な印象を受けた。「きれいなイワナだなあ!」。鈴木さんは手を水につけて体温を低くする。最大限の配慮をしながらそっとイワナに触れて針を外す。

網を少し深い所に移動すると、イワナは少しバツが悪そうな様子で水中に戻って行った。ふと、鈴木さんの顔を見ると、この日一番の笑顔だった。どうやら、最高の“パウダー”を当てたらしい。

鈴木さんに釣りのコツを聞いた。「そうだなあ……」と、少し考える。

「魚がいて、食い気があれば釣れるんです。あとは魚の気持ちになることですね。魚だってダラダラしたいでしょう。ずっと急流のなかにいたら疲れますよね。魚だって、休めるポイントで餌を待ちたい。僕はそこに餌を落としていくだけです」

シンプルにして明快な答えだった。
それから1時間ほど竿を振り、納竿することとした。今日の釣果は4匹のイワナだった。今日の魚の様子を聞く。

「やる気はあったと思いますね。渓流での釣りは一投目が大事なんです。川の様子、水の流れ、毛針を通す位置を見極めて、魚のやる気があれば一投目で釣れます。そこにフライをうまく投げることができたら。……もう、釣れなくたって楽しいですよ」と鈴木さんは満足げ言う。

「やっぱり釣りはスキーに似ていますね。パウダーのポイントを見つけて、そこに滑り降りて、ターンが決まったら最高です。釣りも思った場所に、思う通りに投げ、そして釣れたら、最高の自己満足が得られる。まあ、そこに魚の気分も加わるから、ハードルが少し上がるかもしれませんけどね」

〈THE NORTH FACE GRAVITY NISEKO〉に務める鈴木さんの側には、常にアクティビティがある。初夏になると早起きして川で竿を振ってから仕事をする。冬は1本滑って出社する。休みの日は家族と過ごすが、ひとりの時間があればすぐ外に飛び出す。波があれば海、なければ釣りをしたりする。それもダメならマウンテンバイクに乗る。天気の良い日に家でじっとしていることはないそうだ。

「こんなことを言っていると、一年中遊んでいるように思われるかもしれませんね」と、鈴木さんは苦笑いするが、このアクティビティの経験値は仕事に還元できているはずだ。

「今は、仕事とアクティビティいいバランスですね。ニセコは自然環境が良いので、ありがたい環境だと思う。人にも恵まれています。“きちんと遊んでいる”から誘ってくれるかもしれませんね」

「ニセコは人と環境が揃っている。遊ばないともったいない」。取材中、鈴木さんは何度もこの言葉を口にした。「遊び」とは誤解されそうな言葉だが、鈴木さんはアウトドアウェアを扱うのだから、「遊び」は仕事と直結する。釣り、サーフィン、マウンテンバイク、スノーボード。それらの経験はたくさんの人たちに還元できる。

「〈THE NORTH FACE GRAVITY NISEKO〉のスタッフ全員に一年中、アクティビティをして欲しいとは言わない。人それぞれですから。だけど、ニセコに住み、暮らしているなら自分の情報を持ってもらいたい。好きなレストランや温泉、好きな景色でも湧き水のポイントでもいいんです。経験で知った地域の情報を会話の中で伝えて欲しいんですよね。『この服は防水なんです』という製品情報はネットで調べることができる。お客様の心に残る、言葉や情報を伝えることができたら良いですよね。だから、僕は“それぞれの遊び”をしてほしい。そう思っています」

(写真 田辺信彦/ 文 井上英樹)

  1. 鈴木秀明(すずき・ひであき)
    神奈川県出身。大学時代のスコットランド留学と、社会人になってからのヨーロッパ自転車旅で海外経験を積む。大学卒業後にスノーボードを始め、映像作品『Signatures』をきっかけにニセコへの憧れを募らした後、THE NORTH FACE アスリートの高久智基さんの会社、パウダーカンパニーで働いた後に〈THE NORTH FACE GRAVITY NISEKO〉に入店。夏はフライフィッシング、マウンテンバイク。ウィンターシーズンはスキーやスノーボードで山の斜面を滑り降りている。

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