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ドキュメント池田征寛のTJAR2020 <前編>

2021.09.29

TJARに臨む池田さんのインタビュー記事はこちら

「レースじゃなくて、遊びだと思えば楽しいことしかないよね!」

自分に言い聞かせるかのように、彼は何度もそう繰り返した。

富山県魚津、ミラージュランド。小さな観覧車やメリーゴーランド。併設する屋外プールから、子供たちがはしゃぐ明るい声が聞こえる。遠く離れて住んでいると知るはずもないこの小さな遊園地の名に、“山の男達”は憧れを抱く。カラフルな遊具のそばにはまるで似つかわしくない石碑がある。そこには、こう刻まれている。

『Trance Japan Alps Race』

2021年8月7日(土)。3年ぶりに開催されるトランスジャパンアルプスレースの前日受付へやってきた。ほかの選手よりも少し遅れて、池田征寛さんが到着。まずは受付と必携装備チェック。詰めてきたザックからすべての道具をひとつひとつ卓上に出さなければならない。

心配性の彼は、荷物が多め。独特なこだわりもある。一度の予選落ちを経て5年目の挑戦だからこそ、道具もウエアも食料も、幾度ものトライアンドエラーを繰り返し、自分なりに選び抜いてきている。総重量は約9.5kg、水を入れると10kgを超える。今年はコロナ禍により、山小屋での補給やサポートが禁止となり、例年より皆荷物が重い。選手達のパックウェイトは8kg〜10kgで、優勝候補と言われている土井選手だけが4kg台と群を抜いて軽かった。

無事に装備チェックを通り、実行委員会による写真撮影が始まる。これはSNS用ですか? と聞くと、

「いえ、遭難時用です」

屈強な選ばれし人達であり、全ては自己責任の精神のもとではあるが、山では何が起きるかわからない。受付を終えると、選手達は畳の大部屋や車で身体を休めた。大部屋では、荷物を出し入れしていたり、仮眠していたり、計画表をじっと見つめていたりと、思い思いに過ごす。池田さんは全選手の名前一覧と関係者の名言を並べたお手製のカード配って回っていた。選考会で全員と会っているものの、名前と顔が一致するのは難しいのだという。“同志”30人のだれかの名前を呼びかける時にすぐわかるようにと作ってきたのだと言う。

「全員が受け取ってくれるかはわからないけど、一応ね。辛くなった時にこれを見て頑張ろうって思ってもらえたら」

ついに、5年越しの夢の舞台へ

午後9時、スタート3時間前。整然と並べられたパイプ椅子へ選手達が着席すると、魚津市市長の挨拶から開会式が始まった。TJAR2020の実現を願ったのは選手達だけではない。唯一無二のこの壮大なレースをなんとかして開催したい、挑戦の機会を失わせたくないと努力を重ねた人達の想いも背負って走るのだ。

まっすぐ前を見つめる人、目を閉じ言葉を噛み締める人、緊張で拳を握り締めている人など、なんとも言えない空気感だった。リラックスした雰囲気の人もいたが、全く不安のない人がいたかというとそんなはずはない。なぜなら、日本列島には大型台風が迫っていて、荒天はほぼ間違いない予報だった。

2021年8月8日(日)深夜、0時前。勇者達が浜辺に集まった。ビブには、ひとりひとりに与えられた選手ナンバーが記されている。選手の証だ。日本海から太平洋へ、約1週間の旅。波打ち際へ歩み寄り、海水に触れる。池田さんにとって、5年越しの夢の舞台がいよいよ始まる。楽しんできてくださいねと声を掛け、力強く最後の握手を交わした。

「3、2、1……!」

関係者達に見送られ30名がゆっくりとスタートを切った。スタートから馬場島まではロード28km。トップは土井選手。それに続くようにハイペースで数名が駆け抜けていったが、池田さんは、真ん中あたりを走っていた。

嵐の前の静けさ、青空と灼熱の早月尾根

トレイルの起点となる馬場島からは、早月尾根を剱岳へ向かって登り詰めていく。距離は7.5kmだが、標高差は2,251m。“激登り”だ。暗闇を選手達は黙々と登っていった。

我々取材チームは、次の撮影ポイントである立山連峰の一ノ越(43km地点)へ向かうべく立山駅で仮眠を取っていた。8月8日(日)午前6時前、ぼんやりと手に取ったスマホでトップの土井選手が剱岳を通過したことを知って飛び起きた。息を切らせて一ノ越へ到着して間も無く、軽快な足取りで土井選手が到着。8時40分過ぎ、歴代の記録よりも速いペースだ。周囲に笑顔を見せ、ほんの少し言葉を交わしたと思ったら休むこともなくそのまま走り去っていった。

その頃、池田さんはマイペースに早月尾根を登っていた。台風が迫っているとは信じがたいほど天気が良く、朝から降り注ぐ陽射しと想定外の暑さに苦しめられた選手も多かった。池田さんも2回Tシャツを脱いで絞ったほどで、滴る汗で靴の中までビッショリだった。スポーツドリンクの粉末を水に混ぜ、頭が朦朧としないように定期的にブドウ糖を取った。

剱岳への中間地点、早月小屋では水を買い(水のみ購入可能)、濡れた靴と靴下を脱いで足を乾かす。普段通りに歩き、普段通りに過ごす。それが池田さんの戦略だった。同じくらいのペースの選手達とパックになって話しながら進んだから、長く感じなかったという。そう、30人の仲間達との壮大な“遊び”だと思えばとびっきり楽しい時間なのだ。

テーマは疲れない身体、徐行運転の北アルプス前半

続々と一ノ越へやってくる。前半の選手達は簡単に補給を済ませて出発し、中盤以降の選手はバーナーを出して温かい食べ物を補給していた。そんななか、事前に知らされていた時間が過ぎようとしていたが、まだ池田さんの姿は見えない。8月8日(日)14時前になって3人パックで雄岳を下りて来た。聞くと、多少の遅れはあったが剱岳は台風前で空いていて、焦るほどでもなく、早月小屋と剱山荘ではしっかり休憩してきたという。

遅れたくないと焦ったり、だれかに合わせて自分のペースを崩したりすれば、この長い旅路では身を滅ぼすと考えていた。多少の遅れは織り込み済み、細かい区間タイムが頭に入っているからこそ、どこでどう時間を使い、どう巻き返すかわかっていた、と。いつもの調子でとにかくよく喋る。それが彼の平常運転。無口になったりしたら、その時こそ危機的状況のサインなのだろう。

池田さんの補給スタイルは、動きながら断続的に摂るのではなく、しっかり休んでしっかり食べる。区間ごとのエネルギーをしっかり補給して一定ペースで歩くことで、身体の負担なく歩き続けるようにコントロールしていた。そうしていると、補給もそこそこに慌ただしく飛び出していく選手に結局追いつく。パックで歩いてきた3人トリオで仲良く30分たっぷり休憩したが、問題なく進行できる予測だった。

“初日に薬師”は、理想か現実か

選手たちは口々に「できれば今日中に薬師小屋まで行けるのが理想的なんだけど…」と呪文のように話した。でもそのプランは決して容易ではない。先行していた数名が8月8日(日)の夜のうちに薬師峠を越えていったが、多くの選手が54km地点のスゴ乗越かその手前の五色ケ原で仮眠をとった。

「薬師小屋まで行けたかもしれない。でも、あえてスゴ乗越で仮眠したんです」

薬師まで行くなら、夜通し歩くことになる。実は池田さん、スタート前に仮眠する予定が一睡もできず、スタートの前日朝8時からほぼ徹夜状態だった。北アルプス区間は“疲れていない状態”を優先するため、『前半は徐行運転』と思って無理をしないことを選んだ。

我々は、池田さんを見送り立山を後にした。ロープウェイの乗り場では、数組の登山者がこれからの入山は無理があると止められ、帰るように諭されていた。係の人が指差す先には明日以降の天気予報が貼り出されており、そこには風速30m以上の数字が並んでいた。

その日のうちに都内に戻ったが、現地の様子が気になって仕方なく、選手達のトラッキングと天気予報を交互に見てはなかなか寝付けずにいた。いつの間にか眠りについていて、次に目が覚めた時に見たのは『中止』の文字だった。

【緊急】TJAR2020 中止のお知らせ
現在進行中のTJAR2020は、大型台風9号が北・中央アルプスを直撃する予報ため、大会中止基準に従って中止といたします

2021年8月9日(月)午前7:30。慌ててトラッキングデータを開くと、選手達は北アルプス区間のなかでも最も山深い、黒部五郎岳や槍ヶ岳へ向かう西鎌尾根へ取り付こうとしていた。

「ドキュメント池田征寛のTJAR2020 <後編>」につづく

(写真 辻啓 / 文 中島英摩)

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