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世界最高峰ヨットレース「ヴァンデ・グローブ」へかける思い
海洋冒険家・白石康次郎×ヘリーハンセン 杉井葉月

2016.10.28

海洋冒険家・白石康次郎さんが挑戦する「ヴァンデ・グローブ」は4年に1度開催される、単独無寄港の世界一周ヨットレース。たった1人で地球一周を無寄港で駆け抜け、ソロレーサーの頂点といわれる。コースは南半球1周およそ2万6千マイル(約4万8152km)の航程をおよそ約80日間かけて帆走する。

そんな白石康次郎さんをサポートするのが、世界中のセイラーたちに信頼されるブランド「ヘリーハンセン」。11月にレースを控えた彼が、「ヴァンデ・グローブ」用のウエアの開発会議を行うため、富山県小矢部市にあるゴールドウインテクニカルセンターに来社。ヘリーハンセンのプロモーションを担当する杉井葉月さんと会い、未知なるレースへの思いを語った。

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僕の後ろには何千人の人たちが支えてくれている

–大会は11月と迫ってきました。白石さんにとって、今はどんな期間なんですか?

白石 僕の使命はヴァンデ・グローブというレースがあることを日本に知らしめること。資金集め。船になにを積んでなにを積まないという選択もしなくてはいけない。トップチームは50人のスタッフが毎日、船を整備しているんだけど、僕らのスタッフは8人でお金もない。なにから整備するのかというのも決めなくてはいけないんですよ。

杉井 50人のスタッフがいる相手とどう戦うんですか?

白石 当然、向こうが有利です。でも、資金も人もある中でやるんだよね。その中でなにができるかなんだ。でも、僕の後ろには何千人の人たちが支えてくれている。だから、沖に出ても孤独を感じたことは一度もないんです。

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©Yoichi Yabe 

杉井 世界一周というレースでの一番の楽しみはなんですか?

白石 やっぱり、スタートだね。2回見ているんだけど、あのスタートに立てることがうれしい。航路が町中を通って、両サイドが客席みたいになっている。そこを一艇ずつ出て行くから、すごく盛り上がる。小さな街なのに、レースのある時には延べ100万人が訪れるそうです。スタートしたらね……。もう地球4周目なんだよね。

杉井 なんでまた一周したいんですか?(笑)。

白石 テーマは違うんですよ。マラソンと同じ。はじめ10キロ走って、次ハーフで、それからフルマラソン。次はレースに出てみようかと。やがてアスリートは世界陸上やオリンピック出場というような。

杉井 じゃあ、ヴァンデ・グローブはオリンピックに挑戦するようなものなんですね。

白石 そう、最高峰のレースだから。最初の目標はアジア人初出場初完走だったんだけど、29艇中のトップ10を狙いたいな。

「ヴァンデ・グローブ」は人生観が変わる一大イベント

–おふたりは一緒にレースに出場されたこともあるとか?

白石 「初島ダブルハンドヨットレース」だっけ?

杉井 ええ。白石さんとレースに出たことは社内で話題になりました(笑)。私はディンギーしかやってこなかったので、大きな船だなと思ったのですが、今度のヴァンデ・グローブのレース艇はさらに大きいんですよね。たしか60フィート、18メートル……。

白石 大きいよ。10人くらい乗れるからね。

杉井 まだ映像でしかみていませんが、ヴァンデ・グローブのスタートは本当にすごい観客ですよね。地域をあげて、船を送り出していく感じにとても感動しました。

白石 あのスタートは圧巻で、現地の人に聞いたんだけど、感動して何度見ても泣くそうです。スタートは見に来ないの? 観光気分でという意味ではなくて、人生観が変わるし、仕事にさらに誇りを持てると思う。現場に来て、触れるというのはすごく大事なんだよね。

杉井 私のやっていたディンギーとは規模感が違うけれど、レースは同じレースなんだなと思いました。機会があれば、ぜひ行ってみたいですね。

白石 そう。服を作っている本人が、楽しまないとね。売る方も、作り手も体験すること。レースに参加できなくても、スタートやゴールを訪れて、それを仲間、さらにお客さんに伝えるって大事じゃないかな。

どんな状態でも仕事をして僕の艇は走って行く

――白石さんと世界にはどんな壁があるんですか?

白石 大きな壁ですよ。向こうのチームを見るじゃない。ヨットを入れるために5階建てのビルを建てるんだよ。船の性能も、チームの差もあるんだけど、このレースがおもしろいのが、なにが起きるかわからないところ。別に優勝を諦めているわけではないし、完走できるかもわからない。ただ、トップ10に入れるよう挑戦するってことかな。

杉井 夜、舵はどうしてるんですか? 眠れるんですか?

白石 オートパイロット(自動操舵装置)を使用します。でも、前回のプレレースの前にフランスからスタートして、ニューヨークまで行くのにオートパイロットが壊れてちゃって。2人がかりでずっと舵を握っていた(笑)。実際は仮眠して起きての繰り返しだから、一時間以上は寝ないなあ。

杉井 食事はアルファ米と海苔、缶詰めくらいなんでしたっけ。食べ物がモチベーションになったりは?

白石 うん。若い頃はあったけど、今は羊羹があったらいいね(笑)。

杉井 1日のルーティンはありますか?

白石 ない。風の変化に合わせるから。人間の都合では動いてくれないんだよね。本当に決まり事は食事くらいかな。食べなくてもわりと大丈夫で、脂肪をエネルギー変える効率はいいみたい。だからスタート前と後では、ウェストは5センチ変わるし、体重も10キロは落ちる。スタート前に90キロくらいにしたいんだけど、間に合うかなあ。みんな、太ってスタートする。スタート後に太ることはないからね。

杉井 落ち着ける瞬間ってあるんですか?

白石 風が弱いときかな。赤道なんか弱いんだけど、ゲリラ豪雨が来るので落ちつかない。風が同じ方向から同じ強さで吹くときは安定している。セールセットしていれば、やることはない。貿易風に入ったときは落ち着けるかなあ。

杉井 エリアで言うとどの辺りですか?

白石 カナリア諸島から赤道までが貿易風、無風帯に入る。……でも、長くて3日だな。レースだからね、コンピューターがこのセイルをあげろと言ってくるから、あげないといけない。でも、僕はそんなコンピューターを導入する前からの経験がある。一度、プレレースに向かう時に全電源失ったときも「我々は電源を失っただけだ」といって、50歳のフランス人スキッパー(船長)2人で、無電源で大西洋を渡った。

杉井 若い世代だとリタイアですよね。

白石 水産高校時代に言われたんだけど、「船酔いは恥ずかしいことではない。ただし、船酔いをして仕事ができない。これは船乗りとして失格だ。船酔いと仕事は関係ない」って。僕はそういう教育を受けてきた。だから、どんな状態でも仕事をして僕の艇は走って行く。

――今回は80日近いレースですけれど、どんな気持ちで挑むのですか?

白石 望んで行くことかな。目標に向かっているから楽しい。仕事が嫌だという人がいるじゃない? それは「仕事」が嫌なんじゃなくて、目標に向かっているかどうかなんだよね。僕は目標に向かっているから楽しいわけ。僕はヴァンデ・グローブに出たくて30年間やって来た。それが今回、実を結んだ。好きでやってるんだからね。本当に好きだったのが証明できた。ただ、酔うからレースには向いてはいないんだけどね(笑)。

杉井 10年前に作ったウェアと、今回のウェアで進化しているところ、変わってないところはどこですか。

白石 ずいぶん格好良くなってるよ。向こうでもカメラマンに「いいね!」って、すごく褒められる。それに素材は薄く、軽くなったので、動きやすくて快適なんだよね。3Dスキャンで細かく測ったんだけど、10年前と体型なにも変わっていなかった(笑)。

杉井 オリジナルのウェアを作るってほかの艇ではないんですか?

白井 うん。みんなうらやましがるね。みんな、スポンサーの既製品なんですよ。こっちはフルオーダーメイドだし、縫製も素材も世界一だし。だから、世界一のスーツだと思ってる。

杉井 ウェアの機能面に求めることはどんな点ですか?

白石 スピーディに安全ということに尽きる。シングルハンドレースは1人だから、服の着脱にスピードが求められるんです。そのためにワンピースになっている。普通は服の下を履いて、靴履いて、上を着てハーネスを付ける。結構時間がかかるんですよ。このウェアは全部付いているので、靴履いて、ワンピースのチャックをあげればそれでOK。

杉井 白石さんのようなハードな現場での実践って本当に貴重ですね。

白石 うん。命を守るウェアだからね。

杉井 私自身もヨットに乗ることがあります。もちろん、白石さんみたいなハードなことはしないけど(笑)。だけど、ヨットに乗って私なりにウェアの性能をチェックして、新製品の開発に生かせるようにしています。やっぱり実際のフィールドで使ってみないと気付かないこともたくさんありますからね。

白石 そう。どんなフィールドでも同じなんだよね。その気持ちが大切だと思う。改良のヒントはいくらでもでてくるからね。

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杉井 いつも白石さんの背中にある「天如水」という文字ですが、今回のウェアでも背負っていますね。

白石 天如水は僕の目標だからね。水のような生き方をすればという……。出場国の中で漢字を使うのは僕だけなんだよね。みんな、聞いてくるんだけど説明しにくい。

杉井 たしかに、説明はしにくいかも(笑)。

白石 外国人に「水」を説明しても、それはH2Oだからさ。「水の在り方」なんていうと、目がキョトンってなるし、「水のようになりたい」っていうと、「飲めるの?」ってなる(笑)。「水というのは万物を潤し、人のいやがる一番下を這うように流れ……」と言うようなことまで言うと、「ああなるほど」となるけど、通訳がめんどくさがるんだよね(笑)。船のテクノロジーはフランスが一番なんです。でもそのテクノロジーに僕は東洋の思想で戦いたい。

杉井 ありがとうございます。頑張ってください。そして、お気を付けて。

白石 ありがとう。ちゃんと、スタートを見に来てよね(笑)。

  1. 白石康次郎(しらいし こうじろう)
    1967年東京生まれ、鎌倉育ち。中学卒業後には船乗りを目指し、高校卒業後には単独世界一周レース優勝者の多田雄幸氏に弟子入り。多田氏のもとで、ヨットの建造を学びながら、レースのサポートを続けた。 1993年、世界最年少単独無寄港世界一周を達成。1995年、走行距離500km以上を人力のみで走破するアドベンチャーレース「エコ・チャレンジ」に出場。2007年、単独世界一周ヨットレース「5OCEANS」クラスIで2位でゴール。日本人初参戦のクラスIで快挙を達成。
  1. 杉井葉月(すぎい はづき)
    1990年生まれ、東京都出身。 2013年に入社し、百貨店のアウトドア・アスレチックの営業を経て、現在はヘリーハンセン事業部にてプロモーションを担当。大学時代のヨット部の経験を生かし、マリンウエアとしてのヘリーハンセンの強化に努めたいと願う。
    ヨットに限らず、入社後はフットサル・ゴルフなどの様々なスポーツに積極的に取り組み、やりたいことが多すぎるのが今の悩み。

(写真 玉越信裕 / 文 井上英樹 monkeyworks)

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