
大阪・梅田のルクア イーレにあるストア〈THE NORTH FACE MAN〉は、日本で最もユニークなTHE NORTH FACEのショップだ。一歩踏み入れると、ブランドの世界観が表現された濃密な空間が広がる。この日本で唯一のコンセプトショップでストアマネージャーを務めるのが梅野陽典さんだ。

ブランドの世界観が形になったオンリーワンのショップ
「このショップは、“北カリフォルニアに暮らす、アウトドアスポーツを軸にしたこだわりのライフスタイルを送る一人の男” がテーマなんです」と梅野さん。なるほど、店内にはTHE NORTH FACE以外のブランドのアイテムも並び、年季の入ったアートブックやレコード、スケードボードなどが所狭しとディスプレイされている。THE NORTH FACEが生まれた時代背景、1960〜70年代のカウンターカルチャーにインスパイアされたものだという。
ショップはセクションごとに「北カリフォルニアのひとりの男」のライフスタイルを体現するように商品が配置されており、入り口から時計回りに、アウトドアギア、ルームウェア、そしてビジネス、トラベルまで、オンとオフ・インドアとアウトドアを自由に行き来する男性の暮らしぶりが見えてくるようだ。
年代物の、しかしいい音を奏でるレコードプレイヤーが配置されるのはルームウェアのコーナー。ゆっくりと室内でくつろぎながらレコードに針を落とす、そんなシーンが浮かんでくる。隣には、映画〈リバー・ランズ・スルー・イット〉を思い出させるメトロノーム。どうやらこの男性は、釣り好きらしい。
アウトドアを愛するものなら思わずワクワクさせられてしまう、そんな〈THE NORTH FACE MAN〉のストアマネージャー梅野さんも大の釣り好き。2018年に福岡から大阪にやってきた梅野さんは、今や関西のバスフィッシングにどっぷりと浸かっている。中でも足繁く通っているのが、日本最大の湖、琵琶湖だ。

ゲーム性の高いバスフィッシングの虜に
「今年の琵琶湖は本当に厳しいんです」と口にしながら、いつものようにボートで湖面へ滑りだしていく。毎週のように琵琶湖で釣りをする梅野さんだが、今年は一貫して釣果が思わしくないのだという。釣行前に立ち寄った釣具屋でも、ボート屋さんでも、みな苦笑いをしながら同じことを言うのだった。「いまの琵琶湖はなかなか厳しいですよ……」

釣りというと、どうしても一箇所で糸を垂れている「待ち」のイメージが強いが、スポーツフィッシングとも呼ばれるバスフィッシングはその逆でアクティブなものだ。気温、日照、水温、風向きに常に気を配り、どんなルアーとどの層に、どんな速度で、どんなアクションで動かすか。小さな判断を常に積み重ねながら、一匹に迫るゲーム性の高い釣りなのだ。アタマを使うし、ボートを漕艇し、ルアーを投げ続ける体力も必要となる。

梅野さんがバスフィッシングを本格的に始めたのは、8年前。少年時代に釣りをすることはあったが、季節や状況を細かく読む『パターンフィッシング』のメソッドを知ったことで、スポーツフィッシングとしてのバス釣りに魅せられた。今では釣竿を13本所有し、家の1/4は釣り具で埋まっていますと笑う。
気温が低く、釣りによい時合の早朝には、トップウォーターと呼ばれる水面で動かすルアーをキャスト。大きいルアーは、喰い気のある大型のバスが釣れるチャンスが大きいという。しばらく試して反応が無いと、水中に沈むルアーをローテーションしながら探っていく。そしてこまめにボートを動かしてポイントを変えていく。はたから見ていても忙しそうだ。「待つ」釣りではない。

「突き詰めて自分なりに考えたルアーやタイミングを、試して、検証して、というサイクルが面白いんです。最高の一人遊びですね」とバスフィッシングの魅力を語る梅野さん。この日は暑さが戻ってきた猛暑日で、容赦無い日差しが降り注ぐ。そんなタフコンディションで、近くに浮かんでいる他の釣り人たちの釣果も芳しく無いようだ。琵琶湖は厳しい、という異口同音が思い出される。
釣りとゴミ拾いは常に一緒に
「琵琶湖では、本場アメリカと並ぶ世界記録のバスが釣れているんです。夢がありますよね」と前向きにキャストを続ける梅野さん。粘る中で小型のバスが釣れたものの、苦笑いしながら「これはノーカウントで」ということで写真は無し。暑さ増す日中、ルアーを投げ続けたものの、これ以上の魚は釣れず納竿となった。

釣りたかった……と無念をにじませつつも、釣りを終えた梅野さんはビニール袋を手に湖畔を歩き出す。そこには「釣り人が居れば、水辺は綺麗になる。」と書かれていた。毎回の釣りの後には、こうして水辺のゴミ拾いをしているのだという。

THE NORTH FACEというブランドのコアを伝えたい
もともとは福岡のTHE NORTH FACEに勤務していた梅野さんが、〈THE NORTH FACE MAN〉の店長に抜擢され大阪へやってきたのは2018年の夏のこと。日本で唯一の、ブランドの世界観を前面に押し出した店舗を運営するにあたり、ブランド誕生の時代背景や歴史を学び直したという。

「それまでの店舗では新製品に搭載された最新のテクノロジーや、機能を押し出していたのですが、〈THE NORTH FACE MAN〉では逆に時代を遡って学ぶことが多くなりましたね。ただものを売るだけという意識ではなくなりました」
「60年代の人たちって、とにかく情熱的だったと思います。ブランド50周年を記念して発行したイヤーブックにも載っているんですが、ジャック・ケルアックの『路上』の一節で、
“狂ったように生き、狂ったように話し、狂ったように救いを求め、全てを一度に欲しがる人たち。退屈してあくびをしたりありきたりなことを言ったりする代わりに、きれいな黄色の筒型花火のように燃えて燃えて燃え上がる人たちだ”
というのがあって、それを読んだハップ・クロップが『これは俺たちのことなんだ』って。情熱を感じます」

このイヤーブックを始め、店舗のカウンターの奥には68年から発行された歴代のカタログが整然とディスプレイされている。そのどれもが、自然の雄大さとアウトドアの魅力を感じさせる、見事なデザインとなっていることに目を奪われる。
「THE NORTH FACEのカタログにも写真が使われたアンセル・アダムスはジョン・ミューアが創設したシエラクラブに入っていて、環境保護への思いが強かったと聞きます。THE NORTH FACEはブランドとして昔から自然を守ることに意識的ですが、僕が釣りの後にゴミ拾いをするのも同じ思いです。個人としても仕事としても、フィールドを守っていくというのはやっていきたいことです。楽しいことをずっと続けていきたいですから」

ブランドのコアの部分を、自らも体現する梅野さんに導かれて、〈THE NORTH FACE MAN〉が示す価値観はこれからもっと深みを増していきそうだ。
- 梅野陽典
福岡県出身。ザ・ノース・フェイス+ キャナルシティ店を経て、2018年よりTHE NORTH FACE MANの店長を務める。20代中盤にバスフィッシングの戦略性とゲーム性の高さに夢中になり、特に福岡・筑後川での釣りを熟知する。現在は日本最大のフィールド琵琶湖におけるパターンフィッシングを探求中。
(写真 田辺信彦 文 小俣雄風太)