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ゴールドウイン社員のライフスタイルに迫ります。

人馬一体になって困難を乗り越える面白さ 伊藤 建

2021.08.24

小学校に通う前から父親の手ほどきでモーターサイクルに乗っていたという伊藤 建さん。いまはモーターサイクル用ウェアブランド「ゴールドウインモーターサイクル」の商品企画やプロモーションといった業務を担当しながら、過酷なことで知られるエンデューロ競技に継続的に参戦している。次のレースに向けて練習を行う伊藤さんに話を聞いた。

厚木市某所の相模川河川敷には無料で利用できるオフロードコースがある。首都圏在住のオフロードライダーの間では有名な練習スポットだ。

伊藤さんはトランスポーターから愛車「ハスクバーナ TE150/i」を降ろすとエンジンに火を入れた。スロットルをひねるたびにマフラーから白煙が勢いよく吐き出され、2ストロークエンジン特有の甲高い排気音が轟いた。競技用モデルのため、ウインカーやミラーといった公道走行のための保安部品は装着されていない。

ハスクバーナは戦前からモーターサイクルを製造するスウェーデンの老舗。伊藤さんのTE150iはエンデューロ用モデルなので、モトクロス用モデルに比べて燃料タンク容量が大きく、ヘッドライトが装備されている。

きっと多くの人はモーターサイクルのオフロード競技と聞くと「モトクロス」をイメージすることだろう。しかし、伊藤さんがいま熱中しているのは「エンデューロ」(あるいは「クロスカントリー」)と呼ばれる競技である。

前者はジャンプセクションなど、人工的に造成されたセクションが多く設けられたモトクロス専用コースを周回して順位を競うスプリントレースであるのに対し、後者は夏場のスキー場の山林などに作られたコースを周回して競う耐久レースである。コース全長が長く、ロックセクションや深い泥濘などの難所が連続するため、それなりのスキルを持ったライダーであっても立ち往生や転倒を免れないという過酷なものだ。

「16歳で二輪免許を取得して以降は大型のロードスポーツバイクに乗っていたんです。ところが大学三年生のときに知人に誘われてエンデューロレースに出場したことがきっかけで一気にオフロードへと興味が移りました。簡単には立ち入れないようなダイナミックな自然の中をバイクで思いっきり走る気持ち良さに魅了されましたね。

エンデューロレースってモータースポーツでありながら、マシンの性能頼りでは完走すらできないんです。ライダーには高度なテクニックやフィジカルはもちろん、天候や路面状況など目まぐるしく変化するシチュエーションを乗り越える対応力、諦めない心といった人としての総合力が求められます。サーキットという安定した条件の中で一分一秒を競うロードレースと違って不確定な要素が多く、アドベンチャー的な側面の強い競技ですが、そこが面白さです」

海外旅で鍛えられた現場対応力

マシンにまたがると、伊藤さんは水を得た魚のように駆け回った。リアタイヤをスライドさせながらコーナーを曲がったかと思えば、今度は体重移動とスロットルワークでフロントタイヤを浮かせて丸太を乗り越える。マシンを自由自在に操って三次元に動く様はまるで馬術競技のようだ。

伊藤さんが参戦しているレースは長いものだと競技時間が3時間もある。一般のライダーなら1周すら不可能なハードなコースであることを考えれば、とんでもなく長い時間だ。とくに難度の高いセクションでは、参加者同士で協力しながらクリアすることも多いとか。

本格的にエンデューロレースに興じるようになって二年目だが、今シーズンはすでに初中級クラスで首位のポジションを獲得しているという。

「アクシデントへの耐性や現場対応力は、学生時代に友達と二人でアメリカ横断旅行をしたことで鍛えられた感もありますね。そのときはレンタカーを借り、三週間で7000㎞ほど走ったのですが、宿に泊まったのは初日だけ。残りは現地で購入したテントとシュラフを使ってすべてキャンプするという行き当たりばったりの旅でした。おまけに二日目でポケットWi-Fiを壊すという大ハプニングが発生しまして(笑) 大学の必修があったので、講義を受けるためWi-Fiのある場所を探しながら各地を巡りました」

日本のモーターサイクルユーザーは高齢化が進み、その平均年齢は50歳を超えると言われている。したがって伊藤さんは部署内はもちろん、モーターサイクルに関わる業界全体の中でもかなりの若手である。

「僕のようにずっとモーターサイクルを趣味にしている人間が新卒で入社したケースは珍しいと聞いてます。もっとも僕は就職活動をするまでゴールドウインという会社を知らなかったんですよ。お世話になっている美容師さんにモーターサイクルやアウトドアに関連する企業に就職したいと話したら『ゴールドウインはどうなの?』って教えてもらったんです。調べたらアウトドアウェアだけではなく、独自にモーターサイクルウェアも展開していたので、これは面白いことにチャレンジできそうだと」

レース活動は趣味であり、仕事でもある

今年、ゴールドウインは約20年ぶりにオフロード競技用ウエアに参入すると発表した。現在はプロライダーへのサポートのみだが、いずれ市販化も見据えた動きである。伊藤さんはまだ入社3年目でありながら、すでにこのプロジェクトの中心人物として大きな存在感を発揮している。

「もう40年近くも前のことですが、もともと『ゴールドウインモーターサイクル』は当時ブームだったモトクロスをはじめとするオフロードウェアの製造からスタートしたブランドでした。しばらくは顧客のニーズの変化などもあって、ツーリングウェア中心のラインナップになっていたのですが、改めてゴールドウインの誇る優れた技術力や機能をアピールできる商品は何かと考えたときに、やっぱりオフロードウェアは欠かせないと思ったんです」

富山県にある研究施設「ゴールドウイン テック・ラボ」とサポート選手、伊藤さんがひとつのチームとなって鋭意開発が進められているという。伊藤さんも練習の際に開発中のウェアを着用するなどしてテストを行うことも多い。

「プロライダーからのフィードバックを最大限に活用するためには、メーカーの人間も高度なライディングスキルを持っていた方がいいと思うんです。選手とディスカッションするときに話の内容を体感的に理解できるようになれば、よりスムーズに開発を進められますから。だからレース活動も僕の仕事の一部と言えますね」

プロジェクトはまだスタートを切ったばかりだが、伊藤さんの目指すゴールはじつに明確だ。

「いま日本のモーターサイクルウェアメーカーで本格的なオフロードウェアを手掛けているのはゴールドウインだけなんです。日本のライダー達の間でオフロードウェアといったら、まずゴールドウインの名が挙がるようブランドの価値を高めていきたいですね。きっと10年単位の仕事になると思いますが」

こうした会社の業務と並行して今後はソーシャルな取り組みにもチャレンジしてみたいと伊藤さん。それには会社の協力も不可欠だという。

「じつは妻の実家は半世紀前から地域の小中学校に牛乳を配達している老舗の牛乳屋さんで、その跡を継ぎたいと考えているんです。長年地域で愛されてきた存在を受け継いで、子ども達に牛乳を通じた新たな食育ができないかと。ひと昔前だったら会社員と両立することは不可能だったと思いますが、いまでは個人で複数の肩書を持って活動している人も珍しくなくなりました。もちろん実行するのは簡単なことではないですが、個人の意志や能力を尊重する新しい企業の在り方を、ゴールドウインが率先して示すことができたりしたら嬉しいですね」

道が困難であるほど、伊藤さんは駆り立てられる。モーターサイクルも、人生も。

伊藤さんの愛車ハクスバーナのポイントを教えてもらいました!

    1. 公道用のバイクではほぼ絶滅した2ストロークエンジンだが、オフロード競技用バイクの世界ではいまも現役で活躍。4ストロークエンジンに比べ軽量かつパワフルなので、体力をセーブすることができるという。
    2.エンデューロレースという競技は固い岩場で転倒することも珍しくない。その際にブレーキローターやフロントフォーク、チャンバーといった重要部品が破損するのを防ぐため、後付けのプロテクターが装着されている。
    3. 脱出できなくなるような難セクションが連続するエンデューロレースではエンジンに大きな負荷がかかる。水冷式であってもエンジンの冷却が追いつかずオーバーヒートを起こしてしまうため、電動ファンを追加している。
    4.外装部品には転倒によってできた生々しい傷跡が残る。ただし、オフロードバイクはロードスポーツバイクに比べ、転倒しても走行に支障をきたすような致命的なダメージを受けにくい構造になっており、整備性にも優れる。
  1. 伊藤 建
    1997年生まれ。秋田県能代市出身。父の影響で幼少期からオフロードバイクや山登り、キャンプなどのアウトドアレジャーに親しむ。大学時代からエンデューロ競技をはじめとするオフロードレースに熱中し、社会人になった現在はJNCCが主催する東日本大会に出場。全日本大会へのクラスアップを目指して奮闘している。「ゴールドウインモーターサイクル」のMDサポートとして商品企画やプロモーション企画を担当。2021年からはオフロード競技用ウエアの開発にも携わっている。

(写真 水上俊介 / 文 佐藤旅宇)

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