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2020東京パラリンピックに向けて 鈴木孝幸

2018.08.29

高校時代にアテネパラリンピック(2004年)で団体銀メダル(4×50mメドレーリレー)を取って以来、4大会連続出場した鈴木孝幸さん。金メダル(北京、50m平泳ぎ)を含む5つのメダルは、日本パラ水泳競技界において色あせることなく輝く。現在は、ゴールドウインの研修制度でイギリスのノーサンブリア大学でトレーニングを続けながら、同校でスポーツマネジメントを学ぶ。2018年夏に一時帰国した鈴木さんに、近況や2年後に迫る『東京2020パラリンピック』への意気込みについて聞いた。

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鈴木さんのリオパラリンピックでの結果は150m個人メドレー、50m平泳ぎで4位。リオの前には「メダルが取れなくなったら引退」と自身の進退も決めていたそうだ。しかし、現在もイギリスと日本でトレーニングを続けている。

「リオの時は29歳。年齢的にそれほど伸びしろがあるわけではないですし、4年後の東京パラリンピックでもメダルの期待ができないレベルであれば、競技をやめようか……。と、いうのが正直な気持ちでした。ですが、今もこうして競技を続けているので人生はわからないものですね」と、笑う。

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常にメダルを期待されるトップアスリートだからこそ、「競技を続ける」ことにも大きな重圧があった。「メダルに絡めないのなら競技をやめる」。その気持ちに嘘はなかったそうだ。しかし、レースの翌日、分析結果や映像を見ていると「こうすれば、まだ良くなるんじゃないか……」という気づきが見つかった。

「改善後、タイムがどのように変化をするかを見てから判断しよう」。それが鈴木さんやコーチらの考えだった。しかし、改良をして効果がでないのであれば東京パラリンピック前に競技を引退しようと考えていた。

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鈴木さんが改良したのは体幹とメンタルの面だった。

「まずはドライトレーニング(水泳選手が行う筋力トレやストレッチなど)を見直しました。僕は足の推進力がないので、浮力をつけるために脂肪は必要だと考えていました。しかし、体幹を鍛えることで、下半身もしっかりと浮くようになるというのがトレーナーの意見でした。浮くのなら、余分な脂肪はいらないし、体重も落とすことができます。

あと、レース分析を見ると後半の(スピードの)落ちが大きいことがわかった。その原因は緊張から来るものでした。やはり、『パラリンピックのために練習をしている』という意気込み、気持ちが空回りをして、力みにつながっていました」

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リオ大会後、イギリスの大学に戻り、心理学の専門家と対話を重ねた。そして、「どういう思いで泳いでいたか」や「どういう泳ぎが理想か」を話し合った。

「それまでは、(メンタル面のケアを)あまり重要視をしていなかったんです。メダルも取れていて、うまくいっていましたからね」

体幹やメンタル面の強化に加えて、イギリスのコーチの元で泳ぎ方も変えていった。

「平泳ぎでは、これまで2かきに1回の息継ぎでした。しかし、呼吸をしていない時の方が、しっかりと水をかけるため、呼吸の回数を減らして4かきに1回にしました。これ、単純な発想で、大きなかきがあれば推進力も増えるんです」

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呼吸の回数が半分になり、長年体に染みついたフォームを変えるのはベテラン選手にとって大きな賭だったはずだ。

「慣れるまでには時間がかかりました。(呼吸の回数が減ったので)苦しいのもあるのですが、バランスですね。2回で1回呼吸の時に、作っていたリズムが崩れる。そのバランスを覚えるまでに、時間がかかりましたね」

体幹・メンタル・フォームの改良の結果、良いタイムが生まれ、鈴木さんの中に「東京パラもいけるかも」という思いが芽生えてきた。

「(東京パラに挑戦しようと決めたのは)つい最近なんですよ。6月のドイツ遠征で出たタイムは、北京で金を取った時くらいのタイムでした。リオ後のトレーニングが実を結んできたというのが感じられました。あと、その頃にクラス分けを受けたんです」

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水泳パラは競技の公平性を保つためにクラスがある。クラスには泳法と障害の種類によって分けられる。S(自由形、背泳ぎ、バタフライ)、SB(平泳ぎ)、SM(個人メドレー)があり、障害に準じた数字が割り振られる。数字が小さいほど障害が重く、鈴木さんの属する身体障害のクラスでは1~4が重度、5~6が中度、7以上は軽度のクラスとなっている。

「クラスが変わるということは、僕にとっては世界が変わるのと同じ。僕は元々S5、SB3、SM4というクラスでしたが、SのクラスがS5からS4に変わったことで、自由形でもメダルが狙える位置になった。僕にとって、このクラス替えは良い方に変わったんです。平泳ぎもリオで金メダルを取った選手もクラスが変わり、僕と違うクラスに移った。だから、僕が金を取る可能性も出てきた。……でも、2年もあると何があるかわからない。若い選手が上がってくることもあるし。うかうかはできないです」

クラスだけではなく、競技日程で戦い方も大きく変わる。鈴木さんは自由形では50、100、200mの3種目、平泳ぎなどを併せると最大5種目でメダルが狙える位置にいる。しかし、パラリンピック競技大会は2020年8月25日~9月6日。短い期間で競技を集中的に行うため、うまくばらけたとしても2日に1回はレースがある。

「何日かに1度は、続けてレースをすることになる。タフな大会になると思います。その日程次第で、種目を絞るかもしれませんね。クラスが変わったことで、自由形にはすごく興味を持っています。タイムが拮抗している人たちとメダルを競えるというのは楽しみですね」

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現在、鈴木さんはアスリート、ゴールドウイン社員、2019年1月からは大学院生という「三足のわらじ」を履く。しかし、どの立場も大切に全力で挑んでいる。

「今は、トレーニングを『仕事』という位置付けにしていただいているので、水泳と会社の仕事がマッチしている状態です。トレーニングに集中させていただいているので、環境としてはプロとなんら変わりはないですね。大会でしっかりと成績を残し、Speedoのウェアを着て活動していくことが仕事と考えています」

日本とイギリスを行き来する鈴木さんは、2つの国でトレーニングを積む日々を送る。ノーサンブリア大学を選んだのもロンドンパラリンピックのコーチであるルイーズ・グレイアムさんの存在が大きいと、鈴木さんは言う。

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「オリンピック選手と同じトレーニングが通用する選手もいれば、選手によって変える必要のある選手もいる。僕は後者なので、同じようなトレーニングをすれば速く泳げるわけではない。イギリスの練習環境は障害に対する理解が深い。日本でお世話になっていたコーチも引き続き契約をしているので、日本でもイギリスにいてもクオリティを保った練習ができているので、とても恵まれた環境ですね。コーチにしてみたら、自分の選手を手放したくないという気持ちもあると思う。ですから、2人のコーチに感謝しています」

鈴木さんは、2019年1月から大学院に進みインターナショナル・スポーツマネジメントを学ぶ。スポーツに関わる組織で働くためのスキルを身につける内容だという。

「本来なら、2年後の東京パラリンピックの直前に卒業論文を書くのですが、オリンピック・パラリンピックに出場する学生には、論文の提出期限を大会後に延長できるオプションがあることを教えてもらいました。パラの前の数ヶ月はトレーニングに集中できます。まあ、終わってからが大変なのですが(笑)」

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現在、31歳。鈴木さんたちアスリートの活躍で、パラスポーツに注目が集まり、若い層も参入している。ご自身の年齢をどう考えるかと問うと、鈴木さんはさほど気にしていない様子だった。

「障害が軽くて、体が健常者に近いと『若さで体力勝負』という戦い方もあります。しかし、障害が重いと、その障害をどうカバーして、抵抗なく泳げるかなど、技術の割合が増えてきます。そうすると経験値がものを言うし、若い選手よりも良いタイムが出ることはあるんです。東京パラでは5種目でメダルに絡みたいし、その中でも1つでもいいので金メダルは取りたいですね。北京で金メダルを経験しましたけれど、あれは特別です。もう1度、取るチャンスがあれば取りたい。母国、東京開催というのも楽しみです」

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トレーニング環境が整い、毎日充実した日々を送っている鈴木さんにとって、ホームである東京パラは、結果を出すまたとない機会だ。

「国内の大会では大勢の仲間が応援に来てくれる。入社前までは家族や友達くらいでしたから。僕は北京パラの後の2009年に入社し、いくつか部署を経験しましたけれど、どの部署もみんなやさしい。ゴールドウインはアットホームですね。応援してくれる方が増えると力になります。歓声ってしっかり聞こえていますし、僕はうれしいと思うタイプ。プレッシャーになることもないので、これからも応援を楽しみにしています」

2018年8月。2018パンパシフィックパラ水泳がオーストラリアのケアンズで行われた。鈴木選手は4種目に出場し金3つ、銀1つのメダルを獲得した。大会ごとに東京パラリンピックへの期待も膨む。鈴木選手は着実に目標に向かって進んでいる。

  1. 鈴木孝幸
    1987年静岡県浜松市生まれ、2009年入社。2013年よりイギリス・ニューカッスルにて海外研修を行っており、障がいを持つアスリートにとって充実した環境を体験している。パラリンピック、世界選手権など、国際大会への出場と表彰経験も多数。

(写真 古谷勝 / 文 井上英樹)

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