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いつからかスポーツが一番になった

スポーツを一番に考える、SPORTS FIRST な想いを持った
ゴールドウイン社員のライフスタイルに迫ります。

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憧れの『UTMF』、そのハードルはやっぱり高かった。
青山高志(GOLDWIN)

2015.10.26

勝ち負けにこだわっていたサッカー少年が、トレランに出合って。

初めてトレイルランニングのレースに関わったのが、ゴールドウインに入社してすぐ、スタッフとして参加した『UTMF』でした。僕は小学生から高校3年までサッカーをやっていたのですが、アウトドアアクティヴィティとはそのときまでまったく接点がなくて。トレランというスポーツ自体、入社してから知ったくらい。それほど自分とは縁のなかった世界ですが、スタート&フィニッシュ会場で出会ったランナーたちの姿にものすごく心を動かされました。とくに、研修期間中に知り合った社内の先輩たちが応援を受けて次々にゴールしてくる、そんな様子を見て僕もやってみたいって素直に思えたのです。

トレランの何に心を打たれたかって、ランナーたちはみなそれぞれ、自分自身と戦っているという事実でした。それまでやっていたサッカーは勝ち負けありきの競技ですし、応援するにしても勝ってほしいから声援を送りますよね。誰かを負かすのではなく自分に打ち勝つためにトレーニングを積み重ねて本番に臨む、そんなスポーツが自分には新鮮に映ったのでしょう。

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生来、フットワークは軽いほうなのでUTMFが終わってすぐ、高尾山に出かけました。サッカー部時代にそこそこ走りこんでいたのが幸いして、山を走るのは初めてだったにも関わらず、かなり楽しめました。そこでいきなりレースにエントリーしてしまいました。それが『The 4100D マウンテントレイルin野沢温泉』、いきなり65km(笑)。エントリーからレースまで3ヶ月しかなかったんですが、制限時間が20時間のところをなんとか16時間でフィニッシュ。その次に、先輩がたも多数エントリーしていた『美ヶ原トレイルラン&ウォーク』に参加しました。こちらは制限時間3分前にぎりぎりでフィニッシュすることができました。

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トレーニングを見直すきっかけになったリタイア

そこまでは調子よくいっていたのですが、その後の『ハセツネCUP』、翌春の『STY』と、リタイアするレースが相次ぎました。夜のセクションに対する装備不足だったり、胃のトラブルに見舞われたり、いずれも装備・調整不足。自然を相手にするレースの過酷さを思い知らされました。

でも、そのことが自分のトレーニングを見直すきっかけになりました。いままではレースありき、先にエントリーしてそのレースに合わせて走りこんでいたのですが、一からトレーニング環境を構築しようと思い、あらためてジムに通って身体を作ることに主軸を置きつつ、自社で主催するトレランのイベントには必ず足を運ぶようにしました。イベントですと契約アスリートの方に直接、教えを請うこともできますし、20〜30kmという距離をお客さんと一緒に走るのも楽しかったですね。

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というわけで昨年一年間はあまりレースに出ず、個人的なトレーニングやイベントを優先していたのですが、久々にレースに出たくなったのが昨秋のこと。はじめはSTYにリベンジしようと思ったのですが、「一昨年完走したポイントがあってエントリー資格は満たしている」と先輩に話したら「どうせ出るならUTMFでしょ」と焚きつけられてしまって(笑)。その時点で開催まで1年ありましたから、とにかく走力をあげるべくロードでの走り込みを重点的に、フルマラソンの大会で足慣らしをしていました。

ついに国内最高峰、憧れのUTMFへ。

そうして臨んだ今年のUTMF。僕の1年のトレーニングの総結集だったのですが、結果からいうとW1(麓ウォーターステーション)の関門時刻に間に合わずリタイアしてしまいました。寒さで足が止まってしまったハセツネ、胃がやられてエネルギー補給をできなくなってしまったSTYという失敗に学び、眠気や装備、補給に関する対策はかなりシビアに行ったつもりです。それでも完走できなかったのは、ひとえに力不足。直後はショックでレースのことを考えられなかったのですが、いまようやく、冷静に振り返ることができるようになりました。

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最大の敗因はやはり、圧倒的なレース経験不足。これまでの自分の最長走行記録が70kmですから、168kmという壮大な距離に対して想定できないことが多かったです。前日にコース変更があり、僕の苦手なロードの距離が長くなったのですが、ここの距離を正確に把握できておらず、結果きちんとペース配分を行えなかった。スタートしていきなり渋滞に巻き込まれ、小一時間ほどロスしてしまったのですが、その後の道が延々と詰まっていて自分のペースを貫くことができなかった。前日の雨の影響で道のぬかるみもひどく、どこかで足を痛めてしまったということもあります。お恥ずかしい話ですが、すべて読みが甘かった。

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またしても屈辱のリタイア。その先に見えたもの。

168kmはとにかく長丁場です。はじめは抑え気味にいき、A4(富士山こどもの国)までは関門時刻ギリギリでもいいから大事をとっていこうと思っていまいた。渋滞がありつつもA1、A2と無事に通過、コース変更となった竜ヶ岳の代わりの長いロードを経て、再び東海自然歩道へ。その先にW1が見えてくるはずなのですが、いくら走っても肝心のW1の気配がまったくない。朝霧高原の横のロードを移動中にちょうど自分と同じくらいのペースで走っている女性ランナーを見つけて、二人で麓(W1)までの距離を計算して間に合うペースで走っていたのに、どうも様子がおかしい。関門時刻が刻々と迫ってきて、ここで時計を見るのも足をかばうのもやめ、とにかく走りました。ひょっとして、万が一、関門が延長になったかもしれないことを期待して……。そして、僕のUTMFは終わりました。

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終わってみて思うのは、当たり前ですが(笑)やっぱりUTMF完走はそんなに簡単ではない、ということ。周りの先輩がたが皆さんUTMFやSTYを完走しているので、油断が生まれたのかもしれません。とにかく自分はまだUTMFを完走するレベルに達していなかったということです。だからもう一度、一からやり直し。ポイントもありませんし、来年はランナーではなく、ランナーをサポートするスタッフとして関われればいいですね。別の視点からこの大会に携わるのも、得難い経験になると思うからです。

とはいえ、初めてUTMFに関わった2年前は、まさか自分がこのスタートラインに立つことになるなんて予想もしていませんでした。あのレースをきっかけにトレランに興味を持つようになり、山を走ることが好きになって、レースの醍醐味の片鱗のようなものも楽しめるようになってきた。少しずつだけれど、自分は成長している。そんな実感があります。そしてこの成長の先にはきっと、憧れのUTMFのゴールがある。そう信じているから、一からやり直すことも苦にならないんです。だってトレイルランナーの「自分に勝つ」強さって、この地道な一歩一歩に育まれていくものだと思うから。

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  2.  青山高志(あおやま たかし)
    1990年生まれ。神奈川県出身。子どもの頃の夢はサッカー選手になることで、小学校から高校まではサッカーに明け暮れる。大学では東海大学のスポーツ・レジャーマネジメント学科に所属して、地域スポーツイベントの企画・運営などを行う。2013年にゴールドウインに入社し、アウトドア専門店の営業を担当。2年目からは名古屋に転勤となり、一人前の営業を目指して奮闘中。

(写真 飯坂大 / 文 倉石綾子)

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