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海を経験し、物語を伝えていく
海洋冒険家・白石康次郎×ヘリーハンセン 杉井葉月

2017.08.07

4年に1度開催される単独無寄港で世界一周を目指すヨットレース「ヴァンデ・グローブ」。2016年11月、海洋冒険家・白石康次郎さんはアジア人として初のヴァンデ・グローブに挑戦した。レースのスタートから27日目、南アフリカケープタウン沖でマストが折れてしまうという不運に見舞われ、白石さんはリタイア。しかし、その挑戦を称え世界中から惜しみない賞賛の声が上がった。

レースから約半年後の2017年初夏。白石さんと共にレースを戦った「スピリット・オブ・ユーコー」号の姿が神奈川県久里浜のシティマリーナヴェラシスにあった。ヨットにヘリーハンセンスタッフを乗せ、一時間ほどのクルーズ体験を開催。その後、白石さんと杉井葉月さん(ヘリーハンセンのプロモーション担当)と共にレースの思い出、そして未来を語った。

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カタログには載っていない「物語」をお客様に伝えて欲しい

白石 今日は、風が強かったね。18~20ノットくらいあったかな。

杉井 そうですね。白石さんと一緒だったし、怖くはないんですけれど、船の規模が大きくて。すべてに驚きでしたね。

白石 「スピリット・オブ・ユーコー」は60フィート(約18.3メートル)。そんな規模のレーシングって日本にないから、大きさにビックリするよね。

©Yoichi Yabe 

杉井 ほんとに。マストはどれくらいの高さですか?

白石 29フィート(約8.84メートル)。今日はフルだと大きいから、縮めたけどね。

杉井 これを1人でやっているのかと思うと、……信じられません。すべてがハードで、パワーが違うなと思いました。今日は初めてヨットに乗る人もいて、本当に幸せだなと思いました。

白石 杉井さんはヴァンデ・グローブの時、レ・サーブル=ドロンヌ(フランス・ヴァンデ県)までスタートを見に来てくれたんだよね。……素晴らしかったでしょう?(笑)。

©Yoichi Yabe

杉井 まるで映画のワンシーンのようでした。港を人が埋め尽くし、マンションの窓からも大勢の人が旗を振っていて……。ヨットが湾を出て海に出てからも数え切れない船が見送っていました。ヨットを追う、海上の白い航跡が印象的でした。……感動して涙がでました。

白石 男の人も泣いてるんだもん(笑)。レースのためにコツコツ仕上げてきた。それでスタートができて本当に良かった。杉井さんもヘリーハンセンのスタッフだし、仲間としてひとしおあったんだと思う。なにより、僕はフランスのヨットレースの世界観を見て欲しかったんだよね。

杉井 はい。実際にスタートを見ることができてよかったです。

白石 今日、船に乗ってもらったのもそう。体験するのって想像と全然違うの。見るのと聞くのとは全然違うから。その体験をお客様に伝えたり、商品に活かして欲しい。

杉井 白石さんはヨットに乗ってレースに出るだけではなく、そういう体験をいろんな人に共感してもらいたいという気持ちは大きいですか?

白石 そうだね。世界観を共有して欲しいな。一般の人は、ヨットに乗るだけでも大冒険だと思う。そのワクワク、ドキドキした気持ちを、ヘリーハンセンの人たちは、商品に変えて提供する。僕はね、「物語」を語って欲しいって思うんです。

杉井 物語?

白石 そう。服の性能はカタログに載っているよね。だけど1度でも船に乗った人は、カタログに載っていないことを話すことができる。そうすると、お客さんに物語が伝えられると思うんだ。今日は、その物語を語ってもらうための体験かな。

杉井 そうですね。体験を通してものづくりやサービス、それにヘリーハンセンというブランドの理解につながったと思います。

白石 そう。経験って大切でさ、たとえば「コーヒー」の説明をするのなら、飲めばいいんだよね(笑)。

リタイアして泣いているようじゃ参加する資格はない

白石 レ・サーブル=ドロンヌの人口は1万5000人ほど。その町に125万人訪れたそうなんです。

杉井 すごい! みなさん、白石さんのことを「コージロー」って呼んですごい人気者でしたよね。

白石 そりゃあ、人気だよ。だって、サムライがいるんだもん。みんな、良くしてくれたな。

杉井 ヨットに対して、これほどたくさんの人が注目しているということが驚きでした。日本にもマリーナはたくさんあるけれど、ヨットはハードルが高いスポーツと言われていますよね。ヨーロッパにはヨット文化が根付いていて、本当に素晴らしいなと思いました。

白石 ヨットを操るスキッパーはヒーローなんだよね。西部フランスのナンバーワンの競技はヨットなんですよ。フランス全体でも人気がある。スポーツの指標の1つであるメディアインパクトが一番高いのは、ユーロサッカー。その次がヴァンデ・グローブなんですよね。そしてツール・ド・フランス、全仏オープンテニスと続く。

杉井 そうなんですね、すごい。

©Yoichi Yabe

白石 ヴァンデ・グローブのことは小学校でも習うから、誰もが知っているんだよね。僕がリタイアしてケープタウン(南アフリカ共和国)から戻るときも、CAの方が「コージローでしょう? 息子がファンなんです」と言ってくれた。リタイアしたから見つかりたくなかったんだけどね(笑)。ファンもね、別にヨットはやっていない一般の方がほとんど。

杉井 みなさん、なにに惹かれるんでしょうね。

白石 ヴァンデ・グローブは半分がリタイアするんです。だから、その一艇ごとにストーリーがあるんだよね。みんな、そのストーリーを楽しむ。リタイアした船が戻るとするでしょう。それをたくさんの人が出迎えて、健闘を称える。そういうのって、素敵だよね。

杉井 白石さんは以前の対談で、レースに出るのが夢だったとおっしゃっていました。実際に出ていかがでしたか?

白石 最高のチーム、いい船。……奇蹟のスタートだったと思う。諦めなくてはいけない局面がたくさんある中、やっと出場することができた。今回、お金もさることながら時間がなかったのが大変だったね。

杉井 社内でも白石さんやレースの情報を共有していました。会社の中でも、注目度は高かったですね。

白石 今回の大会はFacebookなどのSNSも取り入れていたから、応援しやすくなっていたよね。スマホで応援できるもんね。

©Yoichi Yabe

杉井 レースはいかがでした?

白石 最初は例によって、船酔いで大変だった(笑)。だけど、次第に順位を上げていって、ケープタウン(南アフリカ共和国)の先から飛ばしていこうと思っていた矢先だったね。12位くらいに付けていたから。その時に……、マストが折れたんだよね。

杉井 折れた時ってどんな状況だったんですか?

白井 風はなかった。風が落ちていたので、そろそろセイルを大きくしようと思っていた時に折れてしまった。あの船は10年目、マストも世界3週目だった。損傷確認のためにX線検査もするんだけど、カーボンって難しいみたい。今回の大会で6本のマストが折れたと聞いた。新艇は折れていなかったから、次は新しいのにしないとね。資金、時間不足というチームの状況だったから、これは仕方がない。

杉井 スタートの時は大丈夫だったわけですからね。

白石 そう。スタートできたことを褒めるべき。ヴァンデで多くのスキッパーは2度、3度リタイアしている。1回くらいリタイアして泣いているようじゃ参加する資格はない。倒れても倒れても参加するガッツがないと完走はできない。普通さ、登山でもリタイアすると批判受けることがあるじゃない。でも、今回一切批判を受けていない。

杉井 それだけすごいレースなんですよね。『報道ステーション』でも放送されて、どれだけ大変なのか初めて視覚化されたというか。1人であれだけの作業を24時間ずっとやっているということを知って、多くの人がビックリしたんだと思います。それでも、キャリアとしては大きな前進ですよね。

白石 そう! アジア人初出場は果たしたから、次は初完走だね。チームのメンバーも皆、次のレースを一緒に戦おうと言ってくれている。いい仲間でできて、道筋ができたと思っている。

©Yoichi Yabe

杉井 クルーはどうやって見つけるんですか?

白石 人脈。これしかない。彼らも変なスキッパーに付いたら、名前に傷が付くからね。でも、みんなコージローならいいよと言ってくれている。僕みたいに英語もフランス語もできないと、いいチームを作るのは難しいと思うけれど、僕はいいチームが作れる(笑)。

杉井 言葉ができないのに、なんでコミュニケーションが取れるんだろうと不思議に思っていました(笑)。あれはなんでなんですか?

白石 それはね、「言葉がしゃべれないとダメだ」というハートが僕にはないんだよね。魂で付き合っているからね。

杉井 普通、言葉の壁は大きいとおもうんですけど、白石さんにとってはなんでもないんですね。

白石 流暢な英語が話せても、嫌な奴は嫌だもん。みんな、僕がなにを考えているかに興味がある。ストーリーを知りたがっているわけで、流暢なフランス語を求めているわけではないからね。これは師匠の多田雄幸から教わった。多田さんの場合、最終的に外国人のスタッフもみんな日本語を覚えていたからね(笑)。

杉井 白石さん周り、いい人が多いですよね。

白石 レース前の壮行会でもいい人たちだったでしょう? なぜかというと、俺で金儲けしようと考える人はいないんだよ。みんな、出銭で損してるんだから(笑)。だから、みんないい人なんだよね。

杉井 ええ、心から応援している感じは伝わりました(笑)。

世界に1着だけの僕だけのウェア

杉井 今回、レースで使用したウェアはいかがでしたか?

白石 4着持っていったんだけど、良かったですよ。なんの問題もない。新しく丈夫な生地もつくったしね。

杉井 今回は前に白石さんにご使用いただいたモデルに比べるとストレッチを利かせ、生地が薄くても強いなどいろんな改良が加えられて進化しています。……仕上がりもギリギリで送っていたら間に合わないから、直接手渡しでしたね。ロストバゲージは絶対にできないから、手荷物で持っていきました。無くさないかドキドキしました。

白石 オーダーメイドは全スキッパーの中で僕だけ。ありがたかったな。本当に嬉しいことですよ。そう、ウェアのほかに、グローブも作ってくれてわかったんだけど、僕、小指が短いんだよね。初めて気がついた。市販の物ではいつも小指が余っていたんだけど。ぴったりのなにがいいって、余っているとロープに引っかかるんだよね。ウェアを実際に使ってみて、なんの問題もなかったけれど、改良できることはまだまだある。

杉井 どんな点ですか?

白石 船の構造上、海水を浴びることがあまりなかったんだよね。だから、もっとウェアを軽くできるかも

杉井 前の船では海水をかぶることが多かったんですよね?

白石 そう。前の船はびしょびしょになったんだけど、今の船は濡れないんだよね。次は今の船用にウェアを合わせて考えたいね。

杉井 これまでは白石さんの「経験」に合わせていたけど、次回はその経験に船という要素が加わりますね。よりいい物を作って、次のレースに挑戦したいですね。

白石 さらに生地もいろいろ出てくると思うんだよね。次はワンピースもツーピースも持っていこうかなと思っている。戦闘用と気軽に着られるのとかね。シューズを作ったり、インナーを開発したり。いろんな余地がある。

杉井 次の目標はやはりヴァンデですか?

白石 そうだね。大西洋横断レースをいくつか出て、2020年にヴァンデ・グローブに出る。

杉井 次回のヴァンデ・グローブのレースは東京オリンピックが終わった後の11月ですね。今から楽しみですね。応援しています!

  1. 白石康次郎(しらいし こうじろう)
    1967年東京生まれ、鎌倉育ち。中学卒業後には船乗りを目指し、高校卒業後には単独世界一周レース優勝者の多田雄幸氏に弟子入り。多田氏のもとで、ヨットの建造を学びながら、レースのサポートを続けた。 1993年、世界最年少単独無寄港世界一周を達成。1995年、走行距離500km以上を人力のみで走破するアドベンチャーレース「エコ・チャレンジ」に出場。2007年、単独世界一周ヨットレース「5OCEANS」クラスIで2位でゴール。日本人初参戦のクラスIで快挙を達成。
  1. 杉井葉月(すぎい はづき)
    1990年生まれ、東京都出身。 2013年に入社し、百貨店のアウトドア・アスレチックの営業を経て、現在はヘリーハンセン事業部にてプロモーションを担当。大学時代のヨット部の経験を生かし、マリンウエアとしてのヘリーハンセンの強化に努めたいと願う。
    ヨットに限らず、入社後はフットサル・ゴルフなどの様々なスポーツに積極的に取り組み、やりたいことが多すぎるのが今の悩み。

(写真 古谷勝 / 文 井上英樹 monkeyworks)

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