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いつからかスポーツが一番になった

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ゴールドウイン社員のライフスタイルに迫ります。

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トレイルランニングに挑む人の不安を払拭したい
潮 仁

2018.06.07

小さい時からスポーツが好きだった。高校時代は、ダルビッシュ有を輩出したスポーツの名門校でソフトテニスに明け暮れた。クラスメートには荒川静香がいる環境だった。出身が宮城ということもあり、ウインタースポーツ歴も長くいまもスノーボードではバックカントリーを楽しむ。そんなアクティブなスポーツマン、潮さんが大手町にあるランニングのスペシャルショップ「フライトトーキョー」に配属されたのは当然のことに思える。しかし当初は「山なんて走るものじゃないでしょ」とトレイルランニングに懐疑的だった。

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トレイルランニングとの出会いはUTMFだった

「2012年に新三郷のTHE NORTH FACE +で働き始めたんですが、その時の副店長の井立さんに『こういうのがあるよ』って勧められたんです。そのとき手渡されたのが初開催のUTMF(ウルトラトレイル・マウントフジ)のパンフレットでした」

それまでトレイルランニングの経験は無かった。いくらスポーツマンでも、山の中を何十kmも、時には100km以上も走るのは尋常なことではない。トレランに取り組もうと思ったのはなぜなのだろう。

「感覚的にいけるだろう、って思ったんです。いつも僕、何をするにも軽い感じで決めちゃうんです(笑) その頃、いまはニュートラルワークス日比谷店の副店長をしている近藤さんを紹介してもらって、そこから一緒にレースに出るようになりました。翌年のSTYに出たかったので、2013年9月の美ヶ原70kmに出ました。」

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初めてのトレランレースで、いきなり70kmという長距離を走った。

「当時のSTY出場資格が2ポイントだったので、40kmのレースを2回走って2ポイントとるより、70kmを1回で2ポイント取れたらそれでいいじゃないか、って軽い考えだったんですけどね。苦しいのは1回でいいやと。いざ走ってみたら、暑いし、こんなところを登らされるのか……ってくらいで絶望しかけたけど、ギリギリになりながらもなんとか走り切って2ポイントを獲得しました。ゴールは足切りの3分前でした」

出場資格を得たSTYは走ってみてどうだったのだろうか。

「2014年に初めて参加したSTYは……とにかく苦しかったです。装備も知識も中途半端だったし、トレーニングも自己流で中途半端で。全部が全部、中途半端なままで約90kmを走るのはすごくきつかったです」

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UTMFに初挑戦、初完走

たっぷりとトレランレースの苦しさを味わったSTYからおよそ1年半後、潮さんはUTMFのスタートラインに立っていた。

「STYが苦しかったこともあって、初めてのUTMFにはガッツリ走り込んで臨みました。大会の3ヶ月くらい前からほぼ毎日、朝10kmを走り、仕事が終わったら帰宅ランで家へ帰るという生活でした。家の近所が中山競馬場で、地形的に起伏があることもあり、夜中に10本ダッシュをやったり。なるべく人のこない時間帯を選んでいましたよ。いい大人が夜な夜なハァハァしてたらご近所さんになんて言われるかわからないじゃないですか(笑)」

潮さんにとって初めてのUTMFとなった2015年は、雨でタフなコンディションとなり大量のリタイヤ者を出した大会でもある。

「雨のレースは大変でした。天子山地がツルツルになっていて、何回も転びました。富士宮のエイドで足切りをくらった人がかなり多くて、前にいると思って追いかけるようにして走ってたTNFのメンバーも、実際は後ろにいて足切りに遭っていました。須走でそれを聞いてからはほぼ一人で走っていました。ゴールの瞬間はだいぶ達成感がありましたね。完走率もだいぶ低かったみたいでしたし」

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そんな厳しい状況で、自身初UTMFを見事に完走した潮さん。しかしレース中は、自身との葛藤の最中にあった。

「走ってる時はもうやめようと何度も思ってたんです。来年はボランティアしよう、とか、コースの誘導役をしてる方が楽だろうって。でも……また走りたくなっちゃうんですよね」

ウルトラエンデュランス系のランは辛い時間が長い。一度走れば、それを嫌という程痛感するもの。それでもまた走りたいという気持ちが湧くのは、今の「フライトトーキョー」に勤めるようになったことも大きいと潮さんは言う。

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ランニングのリアルショップだからこその関係性

「トレランが今日まで続いているのは、2016年の11月にフライトトーキョーに異動になったことも大きいですね。この店のお客様は全員がランナーというリアルショップで、そこが一番面白いところ。フライトではお客さんがあそこのレース出た、という会話から「あっ自分も出てました!」という会話につながって盛り上がります。お客さんとセッションするみたいに、一緒に山に行ったりもします」

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レースでは同じ苦しみを味わい、同じ喜びを分かち合うランナー同士だからこそ通じ合う。そんなリアルなつながりと経験を深めようと、フライトトーキョーではイベントを定期的に開催している。

「イベントではロードのランが多いんですが、ウルトラマラソンを走ることを目標としたウルトラランニングクラブというのがあります。1回で20名くらい集まり、参加申し込み開始の月初めにすぐ枠が埋まるくらいの好評をいただいています。TNFのウェアを来てなくても参加できますし、5回参加してもらうとオリジナルTシャツをプレゼントしています。

クラブでは埼玉県の高麗で峠走をしたり、昭島の昭和記念公園で外周ランをして、いろんなお客さんと一緒に走ることを楽しんでいます。UTMF出るんです、という話をしたら盛り上がったり、Facebookで応援のメッセージをいただいたりと、そういうつながりを楽しんでいますね。このあいだは練習会に出たい、と京都からわざわざ来てくださった方もいらっしゃいました」

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お客さんもランナーだから、自身もランナーである必要がある。フライトトーキョーのスタッフもみんなランニングが大好きなのだという。

「スタッフはみんな変わり者です(笑) 店長もロングレース好きですし、サブ3を目指すスタッフがいたり。自分より速い女性スタッフには、ちょっとライバル意識もってたり。個性が強いメンバーが揃っていますけど、自分の強みはどんなレースでも安定して完走できることですかね。自慢じゃないんですが、自分はまだ出場したレースでリタイヤしたことがないんです。今回のUTMFもビビりながら走ってましたけど」

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2018年4月28日、潮さんは人生で3度目となるUTMFのスタートラインに立っていた。

「新コースになって試走もできてないし、前半はだいぶ抑えて走りました。大会運営をされている方にスタート前に声をかけたら、「いやー今年のはエグいから」って(笑) そうだよなぁってちょっとしょぼんとしてスタートについたんですけど、同僚が結構いたのと、レース中にイベントを通じて知り合ったお客さんが声をかけてくれたり、名前を呼んでくれたりして。「がんばりましょう!」って。レース中、エイドで一緒になる方も結構多かったので、それが力になりました。最後は気持ちよく走れました。でも後半はキツかった。

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上/写真提供:ゴールドウイン、下/写真:松田正臣

予定では朝の4時〜5時にゴール予定だったんですが、奥さんからは子どもがまだ小さいので、もう少し後だといいねと言われていたんです。はからずも後半少し間延びしてしまって、ゴール時間は朝の7時半ごろだったんですが、逆にちょうど良かったですね。明るい時間だったし、子どもが一緒に走ってくれて。いままでで一番思い出深いUTMFになりましたね」

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上・下/写真提供:ゴールドウイン、中/写真:松田正臣

着実に完走する、安定感ある走りが身上の潮さん。ひとりのランナーとして、フライトトーキョーで目指すことがある。

「トレイルランニングの、厳しいけれど楽しいことをまだこのスポーツに踏み込んでいない方にもっともっと伝えていきたいですね。今回も、初100マイルの方が不安からか、すごく質問をされてきたんですけど、そういった不安を払拭するのが私たちの役割なんだと改めて認識しました。親身になってギアの向き不向きや走る楽しさを伝えていければと思います」

  1. 潮 仁
    1981年生まれ。宮城県出身。
    高校時代までソフトテニスの後衛選手として活躍。また幼い頃から身近だったスノースポーツは現在も続けており、スノーボードはバックカントリーを愛している。
    2012年に(株)ゴールドウインに入社。THE NORTH FACE + 新三郷店に配属後、2016年11月に現在のフライトトーキョーへ異動。トレイルランニングを中心に、ランニングの楽しさを日々伝えている。

(写真 古谷勝)

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