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ゴールドウイン社員のライフスタイルに迫ります。

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スキーのプロとは、すべり続けることだと思うんです。
プロスキーヤー 佐々木明 × ザ・ノース・フェイス 佐藤秀俊

2016.03.04

16歳でアルペンスキーの日本代表、19才で世界選手権など世界を舞台に活躍の場を広げた佐々木明さん。現在は競技生活からは引退し、自身の新たなフィールドであるビッグマウンテンスキー(バックカントリースキー)を主な活動の場として移していきます。今回、佐々木明さんに話を聞いたのは、THE NORTH FACE+ サッポロファクトリー店スタッフの佐藤秀俊さん。佐々木さん同様、佐藤さんもまた元アルペンスキー選手。現役時代の佐々木さんに憧れていた佐藤さんだからこそ聞ける競技スキー、そして現在のビッグマウンテンスキーへの情熱を訊ねました。

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佐藤 僕が競技スキーをやっていた時に、明さんは一番カッコいい存在でした。明さんの存在は他のアルペンスキーヤーと違って見えたんですよ。その明さんがザ・ノース・フェイスとアスリート契約をした時は驚きと同時に、うれしかったな。

佐々木 アルペンをやめるときには、次のステージはザ・ノース・フェイスと一緒にやりたいって決めていたんですよ。

佐藤 それはどういうことですか?

佐々木 憧れがあった。たぶん世代だと思うんだけど、ストリート系のミュージシャンはみんなザ・ノース・フェイスのダウンジャケットを着ていた。トリプルLくらいのでっかいの(笑)。それとなにより、僕の尊敬する三浦雄一郎さんをザ・ノース・フェイスがサポートしていることが大きい。雄一郎さんが使うってことは、世界レベルのパフォーマンスやクオリティがあるってことですよね。あと、これから僕が海外でプレイをする中で、スムーズに事が進むであろうブランドって考えるとザ・ノース・フェイスだったんですよね。

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佐藤 ブランドのイメージと、自分のフィールドでうまく機能できるクオリティでザ・ノース・フェイスを選ばれたと。

佐々木 うん。僕は日本だけでプレイをしている姿を全く想像できないですよね。19歳で日本を飛び出してオーストリアに活動拠点を移した。14年間、向こうで生活をして外国でプレイをすることが当たり前になっている。ザ・ノース・フェイスのコピーに「NEVER STOP EXPLORING」って言葉がありますよね。歩みを止めるな、人生を最高の旅にしようって気持ちは、まさに自分が追い求めているものだから。

佐藤 相思相愛みたいな感じですね(笑)。

佐々木 最初はこっちからのアプローチでしたけどね、「どうしても話をしたいことがあるんですよ」って。

佐藤 そういう積極的に、アスリートが企業に話をしに行くって、ちょっと日本ぽくないですよね。

佐々木 やっぱり、自分の理想像があるんですよ。自分がこのレベルに行ったときに周りからどう見られているか、それは考えないといけない。アイコンとして、絶対的にクールじゃなきゃいけない。もちろん、見た目じゃなくて生き方やスタイルを含めてね。「ほんわか格好いい」っていうのではない。それだとどこにでもいる人になってしまう。尊敬する三浦雄一郎さんみたいな理想像に少しでも近づきたいっていつも思います。

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アルペン競技から、バックカントリーへ。

佐々木 佐藤さんは最近スキーしてる?

佐藤 ええ、休みになるとスキーしています。今シーズンは黒岳からスタートして、札幌国際、テイネです。

佐々木 北海道のすごいところはコンビニ感覚でスキーができることだよね。キロロ行った帰りにオーンズに寄ってダブルヘッダーだって可能だし。

佐藤 本当に恵まれた環境ですよね。僕はアルペンから始まって、技術戦を経てバックカントリーをやり始めたんです。氷の上を滑るアルペン競技と、パウダースノーを滑るバックカントリーの技術の違いって、どう感じていますか?

佐々木 全く違うよね。アルペンは固い氷のような雪にスキーをどれだけかませ、推進力を生むか。身体が「くの字」姿勢にならないとスキーをたわませることができない。そうしないと重力に身体が耐えられないからね。だけどパウダーの中では「くの字」じゃなくて「身体をまわす」。上半身と下半身の動きが全く違う。佐藤さんも競技をやっていたからわかると思うけど、僕たちの習ったのと真逆のことをするんだよね(笑)。

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一本の大切さを感じる、バックカントリーの魅力

佐藤 ええ、違うスポーツのようですよね。

佐々木 それに環境も違う。大きな大会では数万人の観衆の中でプレーしていたのに、バックカントリーでどんなにいい滑りをしても、カメラマンとライダーくらいしか見ていない(笑)。でも、満足感は同等なんです。辛い思いをして山に登って、一本の大切さをものすごく感じられるからね。

佐藤 この間、黒岳で会ったプロライダーの清原勇太さんや國母和宏さんについて行ったら、「みんな一緒に滑ろうぜ」みたいな感じで、一緒に滑ったんですよ。そういうみんなで雪を楽しむ文化が、特に北海道にはあるなってつくづく思いますね。

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佐々木 スノーボーダーとかスキーヤーを分ける必要ないんだよね。俺たち「ユキーヤー」みたいな感じだからさ(笑)。佐藤さんはどうしてバックカントリーをはじめたの?

佐藤 雑誌を見て、楽しそうだな、格好いいなって思ったんです。やってみてきつかったけど、最高だったんですよね。競技スキーの練習に飽きていたときに、バックカントリーに出会って、やっぱりスキーって面白いな。これは一生やってけるなって思った。

佐々木 僕もおおむね一緒。初めてバックカントリーをやったのが12年前なんですけど、佐々木大輔と富良野岳を一緒にすべったのがはじめ。なにも知らないから、綿のTシャツにロンTを着て行ったら登って汗だくになった。汗が冷えると滅茶苦茶寒くなる(笑)。やっと1本滑ったら、すっ転んだんです。当時、自分の中では技術もマインドも稼ぐ額もアルペンスキーが最強だと思っていた。そしたら佐々木大輔が、「アルペンスキーもたいしたことねーな」て言った。それを聞いてね、すっごく嬉しくなった。スキーを下手だって言われたことが一度もないですから。天狗になってた僕を、1本のすべりで鼻を折られたときの気持ち良さったらなかった。

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テイネスキー場でバッタリ出会った、憧れの三浦雄一郎さんとの記念の一枚。

本物の「プロスキーヤー」とは

佐藤 悔しいけど気持ち良い感じですか?

佐々木 悔しくなかったですね。自分の伸び代をそこで感じられたわけだから。そのときに「やべぇスキーに出会ってしまった」って思った。僕は競技をソチオリンピックまでやったんですけど、次の平昌オリンピック(2018年)までアルペンスキーで戦えたと思う。でもそこまでやったら力尽きたでしょうね。その力尽きた人間が「じゃあバックカントリーに行きます」って言ったら、「バックカントリーって、引退した人間がやるんだ」っていうイメージを業界につけてしまうことになる。大会で力尽きて、そのまま引退する選手ってよくいるじゃないですか。僕はスキーのプロフェッショナルってなにかというと、続けることだと思うんです。

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佐藤 雄一郎さんのお父さんの三浦敬三さん(1904-2006年)もずっとスキーを続けていましたね。

佐々木 うん。僕の中の本当の「プロスキーヤー」ってあの2人です。だから僕は自らを「プロスキーヤー」って言ったことがない。お2人とも、スキーヤーとして講演やテレビ、CM出演するけれど、スキー関係以外の仕事をしてない。やっぱり、本物のプロスキーヤーですよ。

佐藤 現にさっきも雄一郎さん、テイネを滑っているのをお見かけしましたもんね……。じゃあ、佐々木さんの肩書きはスキーヤー?

佐々木 うん。「スキーヤー」ですね。でも最近ちょっとスノーボードを始めたからな。

佐藤 え、スノーボードをはじめたんですか? ……じゃあ、やっぱりユキーヤーですね(笑)。

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  1. 佐々木明(ささき あきら)
    1981年9月26日 北海道北斗市生まれ(旧大野町)。身長182cm/体重86kg。
    3歳でスキーを始め、16歳でアルペンスキー日本代表に選出。19歳で世界選手権、その後ワールドカップでデビューと、世界を舞台に数々のフィールドで活躍の場を広げてきた。2014年のソチオリンピックでも4大会連続で日本代表に選出され日本を代表とするスキーヤーとして活動。その後競技からは引退し、様々な支援活動などを行ないつつ、自身の新たなフィールドであるビッグマウンテン(バックカントリー)スキーを主な活動の場として活躍している。
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  2. 佐藤秀俊(さとう ひでとし)
    1986年12月17日北海道札幌市生まれ
    手稲山の麓で育ち、親の影響で幼少時代よりスキーを始め学生時代はアルペンスキー、技術選に打ち込む。
    学校卒業後は市内スキー場にてインストラクターとして勤務。「スポーツの楽しさを伝える仕事」を求めてゴールドウインに入社。
    ザ・ノース・フェイスで勤務するようになりバックカントリーの魅力を知り、没頭。
    趣味のカメラを持って仲間と山に入るのが休日の楽しみ。

※バックカントリースキー・スノーボードは危険を伴うスポーツのため、十分な装備、経験が必要です。初心者は山岳ガイドや、経験のあるリーダーの指導のもとに始めてください。

(写真 飯坂大 / 文 井上英樹)

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