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スポーツを楽しむコツ

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雪崩の恐ろしさを常に携えて
本武史

2018.03.08

雪崩。それはスノースポーツを楽しむ人にとって、恐ろしい物のひとつだろう。雪崩は自然現象だ。残念ながら、雪山に一歩入れば遭遇する確率はゼロではない。しかし、雪崩を知り、対応を学べばリスクを下げることは可能だ。

ゴールドウインの本武史さんは、ゴールドウイン社員や関係者に対して自然のリスクや知識を知ることを目的とした『Mountain Basic Knowledge(マウンテン・ベーシック・ノーリッジ)』という講習会を開催した。第一回目は雪崩編。雪崩を「正しく恐れる」ための雪崩講習会。ゲストスピーカーに日本雪崩ネットワークの出川あずささんを招いた。今回は出川さんの講演の様子と、本さんに自然を学び続けることの意味をレポートする。

    恐ろしい雪崩の現実

    平日の夜の開催にも関わらず、ゴールドウイン社員や関係者たち約40名が東京本社食堂に集まった。今回のゲストスピーカーの出川あずささんは日本雪崩ネットワークの代表。日本雪崩ネットワーク(JAN:Japan Avalanche Network)とは、冬季レクリエーションの雪崩安全に関わる非営利団体。雪崩教育・雪崩情報・雪崩事故調査・雪崩関連リソースの提供、の4つを柱に活動している。

    出川さんはパワーポイントのスライドを利用しながら雪崩の状況を伝える。しかし、その雪崩にまつわる内容が解説されるにつれ、講習会の空気が冷え込んでいく。出川さんたちの調査では、雪山登山やバックカントリーに出かけた人の約8%が雪崩に遭遇しているそうだ。決して人ごとではない数字だ。

    「雪崩は重い。たとえ15センチ程度のものであってもパワーがあって、とても人間の手には負えない」と出川さんは話す。雪崩による死亡原因の75%が窒息、24%が激突。残りの1%が低体温で死亡するという。

    時折、日本雪崩ネットワークに寄せられた雪崩の映像が流される。映像に映る人たちは、まさか雪崩に遭うとは思っていない。スキーヤーがハイクアップした後、コースをイメージし、すべりはじめた瞬間、雪面にクラックが入り、斜面が大きく崩れ、雪崩に巻き込まれてしまう。天国から地獄だ。実際に最中、その恐怖から参加者から小さな叫び声や息がこぼれた。

    雪崩の様子。参照元:日本雪崩ネットワークHP内「雪崩から生還するために」

    雪崩事故に遭わない4つの問いかけ

    出川さんは雪崩事故にはヒューマン・ファクターが深く関わっているという。それを理解することがリスクマネージメントとなる。状況を把握するために4つの問いかけを使うことで、雪山での良い行動習慣を身につける。問いはとてもシンプルだ。

    ※4つの簡単な問いを使うことで、良い行動習慣を身につけるための試み「Think SNOW」について、以下リンク(日本雪崩ネットワーク サイト内)から詳しい内容を確認できます。
    https://www.nadare.jp/basic/think-snow/

    「あなたは、今、どこにいますか?」
    「大丈夫と判断した理由は何ですか?」
    「もし雪崩れたら、何が起こりますか?」
    「他に選択肢はありますか?」

    シリアスな話の中にも出川さんはユーモアを交えて話をしていく。

    「雪崩は結婚と同じです。離婚できない。忍耐と相手を知ることなのです(笑)。……雪崩は人ごとではありません。雪崩を起こしたり、巻き込まれた人をスケープゴートにしてはいけない。自分もやる可能性はある。最大の敵は自分自身なんです。いくら良い判断をし続けても、最後に巻き込まれたら終わりなんですね」。

    バックカントリーではビーコン、プローブ、スコップは必須。これは自分の命のためだけではなく、仲間の救出にも必要だ。これらの装備は標準化しつつあるが、雪山登山者の所有率は低く、日本雪崩ネットワークでは雪崩への啓蒙活動をさらに活動を続けていくという。

    怖さを身につけてフィールドに出る。

    『マウンテン・ベーシック・ノーリッジ』終了後、主催者の本さんに話を聞いた。開催した理由のひとつは「バックカントリー」という言葉の一人歩きだという。

    「最近、バックカントリーという言葉は世間的に認知されてきました。ただ、遭難事故などの報道を見ていると、『バックカントリー=危ないもの』『ルールを破って山に入っている』というイメージが一人歩きしているようにも思います。フィールドを知り、正しい知識を知ることができればと考えて、講習会を開催しました。

    アウトドブランドを取り扱う上で、物を販売するだけではなくて正しい情報や危険性、もちろん楽しさも併せて発信していけたらと。私たちは多くの直営店を持っています。対面販売のメリットをいかして情報をお客様にも渡していきたいなと思います」

    『マウンテン・ベーシック・ノーリッジ』に来た人の数は40人ほど。この数をどう思いましたか?

    「まだ少ないかなと思います。しかし、今回の『マウンテン・ベーシック・ノーリッジ 雪崩編』は初回ですし、みんな何をやるかわからない中で来てくれました。……そういう意味では多いかもしれませんね(笑)。ただ、もっと多くの人に参加してもらえたらと思いますね。

    お客様の信頼につながる経験を。

    『マウンテン・ベーシック・ノーリッジ』の今後の予定は?

    「講習会は3ヶ月に1度の開催を予定しています。雪山だけではなく気象や地図の講習会も考えています。社員用の貸し出しビーコンを購入したので、座学だけではなくビーコンを実際に使う研修もしたいですね。

    すべてではないにしても登山をする人はビーコンの所持率が低いんですね。かつての私もそうでした。20年ほど前から冬山登山を始めたのですが、その頃はビーコンなんて持っていませんでした。雪崩紐くらいですかね。山の世界ではそういう装備は必要ないという認識でしたね。意識が変わったのは、バックカントリーで滑ることをはじめた10年ほど前からです。

    現在はスキーやスノーボードでバックカントリーに入る人はビーコンを持って行きます。ただ、ただ、スキー場のサイドカントリーに行く人たちはビーコンなどを持っていないのが実情です。しかし、私たちアウトドアブランドに携わっている者としては、どんな所であろうとも、ビーコンなどの装備を持って山に入るべきだと思います。それが物を販売する責任にもつながっていると考えます」

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    本さんはこれまでに雪崩や雪山の危険を感じたことはありましたか?

    「小さな雪崩を見たことがありますし、冬山で先輩や仲間を失っています。亡くなってしまった彼らは山屋(山に登る人)でしたので、残念ながらビーコンは持っていませんでした。ビーコンを持っていたら助かったかというと、そうではないかもしれません。しかし、捜索の際、ビーコンを持っていることで見つかる可能性が高くなる。残された家族のことを考えると、本当に悲しい。

    雪崩に遭わないようにすることや、遭ってしまったときにどう対処するか。山を登る人たちも、それをそろそろ考えなければならない時期に来ているのだと思います」

    「講習会は意識付けの最初の段階です。会社がこういうふうに安全を考えていますよというメッセージでもあります。これをきっかけとして、社員一人一人が、『自分で学ぼう』、『安全対策に気をつかおう』と考えて欲しいですね。

    それに、実際にウエアや装備を使ってみて、使用感を知っていれば、深いレベルでお客様ともコミュニケーションできるし、商品開発にも反映できる。お客様にとってショップは山への入り口です。カタログの知識だけではなく、機能を知り、そこのスタッフが山の楽しさと同時に、雪山の危険性もお伝えしていく。そんな積み重ねがお客様の信頼につながるかもしれませんね」

    1. 本 武史(もと・たけし)
      1973年生まれ。小学校から大学まではサッカー部に所属。大学に入ってすぐ登山を始め、冬山、クライミング、アルパイン、沢登りなどフィールド全般を楽しむ。現在はザ・ノース・フェイスでは直営店プロモーションのほか、スタッフのフィールド研修を担当。UTMF(※)では、山地エリアの救護班の取りまとめ役として、リタイア者の保護等に携わる。登山ガイドの資格も取得している。

    (写真 古谷勝 / 文 井上英樹)

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